本

『新版 説教学入門』

ホンとの本

『新版 説教学入門』
C.H.スポルジョン著・H.ティーリケ編
加藤常昭訳
いのちのことば社
\4200
2010.7.

 昔出ていたものを若干改めて現代にまた問うものであるそうだ。これが出たときから、気にはなっていた。だが、値段がそれなりに張るのと、どこまでそれが自分に必要だろうかという思いもあって、手を出すのを渋っていた。しかし、思い切って買って読むことにした。というのは、その後スポルジョンの英語の説教に触れて、この人の言葉が心にずんず響いてくるのを感じたからだ。このような説教の秘密は何だろうか、という秘密を知りたい気もした。また、私自身、年に一度か二度、教会で説教を担当することがある。人前で神の言葉を説き明かすというのは責任が重いものだが、自己流でやっていただけでは限界があると思い、やはりその原理というか、背景となる支えについて学ぶことは悪くないという認識もあったのだ。それで、このスポルジョンが若い説教者のために教えたレクチャーの原稿とも言える本は、恰好のテキストとなるはずであった。今思えば、どうしてこれを即座に買って読まなかったのだろうと後悔さえする。というのは、これがどれほど貴重で、命を与え、神の言葉を流し込んでくれることに役立ったか、はかりしれないからだ。
 もとより、万人にそうだと決めるつもりはない。もっと神学的に構築された説教を好む人もいるだろうし、ヘブル語やギリシア語の検討を細かくすることなしに何の説教ぞ、と思う方もいらっしゃると思う。それもまた、正しい。しかし、説教は神の言葉の説き明かしである。旧約時代に神の言葉を伝えるということは、人々が神によって生きるようにすることであったはずだ。ただそれが形骸化し、意味を見失って人の名誉欲などが塞いでしまった状況の中で、イエスが、身を以て神の命を吹き込んだのが新約時代の福音となったのである。イエスの語る福音は、神学的なもの、哲学的なものではなかった。鳥を見よと言い、花を告げ、子どもの頭を撫でながら、福音とは何かを示した。畑の真珠を思わせ、生活に悩む労働者の姿、軽蔑される取税人、排除されながら必要とされていた売春婦などを引き寄せる宣教であった。スポルジョンの語る説教は、これに近い。教育を受けていない人にも神の恵みが正しく伝わるような話である。教養があると自負している人々がいかに神の前で間違っているかを自覚させるように突き刺さってくる言葉である。
 その秘密がここに暴露されている。なんとありがたいことだろうか。できた料理を見せて見事だろうと微笑む料理人であることができず、その料理法つまりレシピと料理のコツ、心構えまで、次の世代の説教者に悉く明らかにし、教えていこうとするのである。こんなありがたいことはない。
 この本の魅力を、このわずかな間で語り尽くすことはできない。ティーリケというドイツの学者がこれをぜひ取り上げたいと思って、スポルジョンの講義のいくらかを編集したものだが、それをさらに若干絞って、加藤常昭氏が邦訳している。ティーリケはスポルジョンという人の背景について長く紹介しているので、それももちろん理解の助けになる。が、訳者が後で告げているように、このティーリケの序文のような第一部は、むしろスポルジョンの講義を読み終わった後で見ると、理解が進む。ティーリケの文章は、訳文のせいもあるかもしれないが、やや固く、むしろバルトに近いような回りくどさがある。それに比べて、スポルジョンは、一読して何も分からないことはないくらい、明晰である。耳で聞いてそのままストンと腑に落ちていくような言葉である。実例が鮮やかで、しかも論理が明解である。こういうわけで、スポルジョンに慣れてから、第一部を読んだほうがよいのではないかという訳者の意見に私も賛成である。というより、それを見る前から、私もそのようにしていた。
 説教者としての心構えは、実際に教会で語る機会のある人はもう必携であるといえるほどの部分である。しかし、語りというものは、ちょっとした証しをする場合、教会学校で子どもたちに語る場合も、すべて同様であるということもできる。また、そもそも必要なときに人前でキリストを語るという場合が起こりうるものであろうし、またそうあらねばならないのだが、そのときにも実に助けになるだろう。たといそのようなことがないにしても、説教を聞く側が、語る側の心や願いを知るということは、絶対に悪いことではない。肥えた耳をもつことは、むしろ望ましいことでもあるだろう。そして、説教とは何か、説教のどこをどう聞き取るのがよいか、そんなところまでも思いが馳せるのであれば、なおさら、ひとつの説教が生きてくることになる。
 語り尽くせないものがこの本にある。ぜひともまた幾度も読み返したい一冊となった。




Takapan
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