本

『英語独習法』

ホンとの本

『英語独習法』
今井むつみ
岩波新書1860
\880+
2020.12.

 岩波新書ならずとも、ありがちなタイトルに聞こえる。また、英語のできる人の成功談か、という予断をもたらす可能性のあるタイトルである。だが、そういう思い込みを、本書は見事に裏切ってくれる。確かに類を見ない本だ。
 それは、著者が英語の教師ではなくて、心理学、とくに認知科学の教授だということから想像すればよいのではないかと思う。
 認知科学という分野では、どうすれば適切に伝わるかを研究するものだとすれば、本書もまず「はじめに」からその威力を発揮する。本書がどのような章立てになっており、どこをどのように読んでいけば理解できたと言えるのか、その案内がちゃんとなされている。至れり尽くせりのように見えたのは私だけではないであろう。
 たとえば第2章では、最も大事な認知科学の概念である「スキーマ」が登場する。ここはぜひ読んでほしいということがそこに書かれている。それは一言でいえば「ある事柄についての枠組みとなる知識」であるというのはその第2章での登場場面である。それは「知識のシステム」であるとも言えるが、基本的に、それをもっているというふうに意識することがないのだという。「意識に上らずに、言語を使うときに勝手にアクセスし、使ってしまう」というものである。なぜその言葉の使い方がおかしいか、説明はできないが確かにそれはおかしい、と意識の水面の底にある理解や知識のことである。
 一歳未満の子どもであれば、これを耳からひたすら聞くことによって養っていくことだろう。だが、英語学習者という場合、基本的にそうでは亡い。従って、英語をただ聞き流しているだけで喋ることができるようになる、という触れ込みの教材は、認知科学からすれば、効果がない、ということまで断言する。
 いったい人間は、ことばをどのように覚えていくものなのか、そういう観点から、英語を学習するときに気をつけること、力を入れること、そういうものが、豊かな実例と共に紹介されていく。日本人ならば、同じ訳語似鳴るなどして、それらの英語がどのように違うのか、分かっていないものも、ネイティブスピーカーからすれば、間違いなくこちらしか使わないとか、これをもってくると不自然極まりないとか、そうした事実を指摘してくるのである。おんな
 それを学ぶための、便利なインターネットツールをも紹介してくれる。いくら日本語では同じような訳語をもってくる言葉であっても、そのツールで検索すると、全く近いところにある語としては登場しないのであるという。これは私も早速ブックマークさせてもらった。使って見ると、面白い。面白がる程度の使い方しかできていないのであるが、確かに、ある語とある語は似た意味であるようであっても、使い方や使う場面が全然違うということが実感できる。
 こういうわけなので、多読で英語の力が伸びるというのは、ある一定の範囲のことでしかなく、それ以上の効果はない、ということもはっきり言う。話すことを求めるためにも聞くことが大切だとか、話す訓練が必要だとかいうのも、適当ではない。書くこと、ライティングを丁寧に学ぶことにより、少しでもそのスキーマを納得して取り入れていくことが必要だというのだ。
 そして、著者が何度も強調しているのは、結論的に、「語彙」が一番大事なのだという。単に単語を丸暗記するというのも大切だろうが、一つひとつの語がどのような使われ方を送り出してするのか、どういうスキーマをもっているのか、知っていくことというレベルにおえいて、「語彙」を増やすことが、結局リスニングでも最も大切なのだという。そのために、著者自身が映画の英語を何回も何回も聞くということで鍛えたときに、どうしても何と言っているか分からなかったところが、実は日本人として全く発想のもてなかったあるスキーマを知ることによって、ある既知の単語がそこに当てはまるということを知ったという。そして一度知ってしまえば、もうそこから先は必ず聞き取れるようになるのだという。つまり、「語彙」が身についたのだ。
 巻末のほうでは、より具体的に、特定の語の使い分けについて演習がなされる。それも、教えてくれたインターネットツールのひとつが伝える英語の実際の例文を集めたものから取り出したものなので、著者が考えた例文でなく、いわば生きた英文である。そこまで考えて問題を示してくれるというので、読者としても安心である。
 実は私は、英語については学生時代劣等生であったのだが、哲学を通じて、こうしたスキーマ、あるいは言語文化というものには関心をもつことがあった。そのようにして、長い間、それなりの蘊蓄めいた知識だけは増えてきた。そこで、本書のこの演習にあった中でも、たとえば on page, in pages, at page の違いは、私なりに感覚的に知っていると思えた。英語を教えるようになって、ベネッセの『Eゲイト英和辞典』を見つけて利用されてもらっているが、ここには基本語について、できるだけそのような感覚的なものを伝えようと工夫している。スキーマと呼べるのかどうかは分からないが、今にして思えばなかなか役立っていると思う。
 それにしても、study と learn との違いなど、感覚的にはこうだろうなと思いつつも、本書の演習でズバリと説明してあるのを聞くと、そうか、と膝を叩くような思いがした。もやもやしたものをスパッと解説してくれるというのは、ありがたいものだ。早速、同じ著者の別の新書をその場で注文した私であった。それは、カントのコペルニクス的転回の解釈のためにも何か示唆されることがあるかもしれない、と期待したのである。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります