本

『エリザベス女王一世』

ホンとの本

『エリザベス女王一世』
水井万里子監修・さくら画
KADOKAWA
\850+
2019.7.

 少女マンガの表紙。これはこれは可愛くて美しい、エリザベス一世であること。「角川まんが学習シリーズ」だとかで、「まんが人物伝」の一冊である。歴史専門ではないので、たぶん高校生の教科書にある程度のことしか私は知らないわけである。ほかには、イギリスの政治的立場はもちろん、精神的背景の形成に大きな影響を与えた偉大な存在であったことも認識しているし、キリスト者としての立場からいうと、イギリス国教会の確立のための主要人物であることも承知している。だが、その生涯のドラマについてどれほどのことを知っていたかというと、実に心許ない。いつかその伝記でも読んでみたいなどと構えていたが、そんな気分では、不案内の領域についての堅い本を手に取るはずがない。そこへ、見かけたこのまんが、それだったらいくらかでも軽く読めるかしら、と感じたわけだ。
 しかししょせん子ども向けのまんがなのだろうという程度でぱらぱら読み始めたら、すっかり魅了されてしまった。これは実によく描かれている。そもそも表紙をめくったところから、写真や解説で詳しい資料が提供されている。登場人物の相関関係はもちろんまんがによるものだが、これだけ見ても素人には訳が分からない。だが物語を読み進む上でその不安は解消される。殆ど迷うことなく読み進めていける。まんがの構成としても抜群だ。
 さらに肖像画その他資料が目に止まるし、それは物語が終わった後にも様々な形で紹介される。確かに小学上級生くらいの子でも楽しめるだろうが、大人にも十分鑑賞に堪える。というより、たくさんを学ぶことができる。これはしめたものだ。
 エリザベス一世についてここでご紹介することは控える。私などよりよほど皆さまのほうがご存じなのだろうと思う。また、もしご存じでない部分があればこのまんがをお勧めする。一読で分かる。それほどに、よく描かれていて、まんが家の方については存じ上げないが、力量もなかなかのものである。
 監修者がいる。内容については、専門の教授がその知識と研究をここに凝集している。また、ご丁寧に、せりふの一つひとつまでは歴史的に真実ではないことを断ったり、諸説ある中では代表的なものを採用している、との注意書も添えている。ということは、それほどに細かく監修されているという証拠である。「枢密院」だの「諜報」だのといった、子どもには聞き慣れない言葉についてはその都度注釈が入っているし、人物間系が混乱しないように、随所に配慮がしてあることが分かる。とにかく読みやすい。最初に人物一覧に戻らなければならないことは、私もほんの数えるほどしかなかった。
 もちろん、その容貌も含めて、事情については美化していることは否めない。政治的な失敗もあったわけだろうが、それをすべて描くことはない。だからあまりにまつりあげるということについては賛成しかねるが、こんなふうに歴史が生き生きと伝わってくるというのは、なんともいえない感動を呼ぶ。45年間に及ぶ女王としての統治は、様々な人に助けられ、また助けることにより成り立っているし、そもそもその出生から育つ過程、また周辺諸国との関係もとてもよく理解できる。もちろん、映画にもなったが、メアリとの確執とその有様もたっぷりと描かれていて、その苦悩が偲ばれる。
 基本事項が頭に残るというばかりでなく、やはり判官贔屓が居座ってしまいそうな内容であるため、ほんとうにこれでよいのかどうか、議論はあるだろう。だが、いまの若い人は、イギリスが大英帝国と呼ばれていたことすら認識がなく、それでいて世界を支配しているかのようなアメリカの言葉を「英語」と呼ぶ理由についても、何の意識ももたないほどである。世界標準時がイギリスを基準としていることも、テストで覚えてそれだけといった具合であろう。しかしこの女王は、本書のサブタイトルにあるように「イギリスを大国に導いた女王」である。今イギリスがEU問題で揺れており、またその国教会というあり方については日本のキリスト者の関心も薄いが、世界の文化のみならず、世界の運命にも関わっているという、国連の常任理事国としての役割についても認識を改めなければならない時代になっているように見える。エリザベス一世に関心をもつことは、イギリスに関心をもつということである。また、世界史と文明について考える上で絶対に外せない鍵である。
 このようなシリーズに期待したい。あまりに子ども子どもしていないため、「学習まんが」として片付けるのはもったいない。生涯学習のための意義ある存在になりうるだけの価値を有していると思う。角川のまんが学習シリーズは、日本の歴史が名高いが、人物伝も実はいくらも出版されている。今回たまたまエリザベス一世に触れたが、図書館にほかにあれば手にしたいと思った。




Takapan
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