本

『大英博物館 図説 古代エジプト史』

ホンとの本

『大英博物館 図説 古代エジプト史』
A.J.スペンサー編
近藤二郎監訳
原書房
\6090
2009.6

 古代エジプトを研究することが仕事であるか、よほどの趣味のある人でなければ、なかなか買うことのない本であるかもしれない。しかしこれは、大英博物館の学芸員の手による、古代エジプト文明についての入門書として定評のあるものである。学ぶ意思のある人は手にとって損はない。いや、現在のところエジプト文明についてひととおりの定まった研究を確実に概観できる本としては、これに勝るものはないのである。
 写真や図も豊富で、タイトルに混じる「図説」という看板を偽りとすることはない。記述にしても淡々と的確に語られており、それでいて膨大な資料を可能な限り短くまとめたという見事さを感じさせるものがある。
 古代エジプトの地理と歴史とをほどよく叙述した後、話題は「宗教」「葬祭の習慣と信仰」「言語と文学」「美術と建築」「技術」「エジプトと近隣諸国」という章立てで展開されていく。大英博物館が有する資料という資料の中から、これだけの研究が出来上がるというのだから、さすが博物館と言うべきか、それともよくぞこれだけの資料を集めたものだと感心するべきか、その辺りはまた別問題ということにしておこう。
 エジプトは、古代において、イスラエルの歴史と深く関わっている。モーセの伝説だけを言うのではない。もちろん、ヤコブの子ヨセフの物語の故に、というつもりもない。エレミヤがエジプトに行ったとか、ヨセフとマリヤがエジプトに逃げたとか、そういう逸話程度の問題でもない。イスラエルは、当時の大国エジプトと、アッシリア帝国あるいはバビロニア帝国あるいはペルシア帝国と変遷するく大国との間に挟まれて、どちらにつくべきか双方の顔色を見ながら対処し、しばしば誤った選択をしたばかりに、捕囚の憂き目に遭うなどしているのである。
 エジプトの宗教が、イスラエルに入ったのかどうかというと怪しい。しかし、宰相ヨセフばかりでなく、イエスの父ヨセフにしても、エジプトでどうイスラエルの信仰を守ることができたのか、それはまたエレミヤなどもそうであるが、どういう具合にエジプトで生きていけたというのか、興味深く感じるものである。
 このエジプトの宗教は、まさに政が「まつりごと」である如く、政治と離すことができない性質のものであったはずだが、あの巨大なピラミッドに偏りがちなエジプトへの私たちの関心が、ピラミッドに限らず庶民の暮らしに至るまで、どういう考え方で人々が満たされていたのか、そこに向かうようでありたいものだと思う。
 その意味で、この本は、ピラミッド調査を求めて開いたとすると、失望することだろう。ピラミッドをつくりあげたエジプトの人々の生活と思想を見つめようとするものであるもしこれらが十分に理解できたとすると、ピラミッドはどうして造られるに至ったのか、そのことも解くヒントになるのかもしれない。
 しかしまずは、エジプトの生活、その政治の巧みさについて、私たちは学んでみる価値が十分あることを、この本から知っておきたいものだと思う。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります