本

『ドイツ文化史入門』

ホンとの本

『ドイツ文化史入門』
若尾祐司・井上茂子編
昭和堂
\2800+
2011.6.

 16世紀から現代までに絞ったドイツ文化史の概要。コンパクトにまとめられているが、本としては300頁を超え、しかも注釈もきちんと載せられた、学術的価値もあるもので、写真や図表も多数あり、史料として優れている。
 ここにあるのは、ゲルマン人の歴史でもある。しかし、あまりにも古代に偏っていくことは、たしかに民族の歴史を説き明かす上では有効であるが、この本は近世からに限っている。宗教改革時代以降の歴史が、ドイツを現代のドイツたらしめる歩みであったという理解であるかもしれない。
 これがいいと思う。ドイツの歩みは、近代ヨーロッパの歩みでもある。ドイツというのは、国家としての形成は遅く、未熟な歴史を刻んでいた。また、現代世界はアングロサクソン系のウェイトが高いとも見られ、必ずしもゲルマン系が牛耳っているような図式ではない。文化的にもラテン系の位置が大きいかもしれず、ドイツがどれほどのものか、ということについては異論もあろう。第二次大戦のドイツは世界を敵に回したようにも見られて仕方がない。しかし、環境問題を初め、経済的にもドイツは堅実な歩みを続け、世界の大きな騒乱の舞台からは一歩引いたところで、世界の進路を探っているようにも見える。
 それは置いといて、ここにドイツに絞ったヨーロッパの観察の意味も覚える。それは、ひとつの文化をじっくり捉えることにより、人間の変化なり適応なりを見届けようとする思惑である。あちこち目移りして見ると物珍しさもあり楽しく、また比較してどれはどうだと考えられる。しかし私たちは、ひとつの歴史しか刻めない。自分の人生はひとつであり、国家の選択も一つである。果たしてドイツという国はそのときどうしたか、どのような情況の中で何を選択していたのか、そんな眼差しは有効であると思うのだ。また、置かれた環境の中で、庶民はどのような生活を営んでいたのか、そこから何を選択していくのか、そんな落ち着いた観察が大切だと感じられるのである。
 農村の生活がじっくり調べられる。どういう社会構造があったのか。そうした視点からの語りの後に、「事例研究」というコラムのような特集がいくつかあり、これが実に面白い。最初は、ブドウ農家とワイン業者の関係である。その取引や立場、思惑などが念入りに説明され、興味深い。実際そういう中で何を重視し、どういう制度を作っていったか、納得できるような一コマである。その他食文化についても、通常の歴史には出てこないような生活史として、人間を知るに相応しいように思われる。
 私は、第二章の「教会と宗教文化」に目を落としていった。教会というところが、いかに生ぬるいものとなっていったかが明らかになる。仏教でも、生臭坊主などという言葉が一時あったが、キリスト教でも似たようなものだった。その中で村全体が、ひとつの宗派に変わるなどの事情と共に、信仰心のない、ただの家の宗教としての制度がそこにあったというようなあたりが描かれる。民衆の中で、信仰を強くした人はどのようであったか、それは必ずしも皆がそうではなかったのである。魔女裁判という忌まわしい歴史もある。奇蹟の騒ぎが蔓延した時代が描かれ、その後公務員のような立場の教会管理者や教会税へとつながる今のドイツの教会制度がどうやって生まれ続いてきたのか、にも触れる機会がある。
 都市文化、労働者文化、そしてナチスを生んだ大衆文化へと歴史の舞台の裏が調べられていき、その後はイデオロギー問題を含む東ドイツとの対立と併合という中で動いた国家の姿が描かれる。
 ドイツのこのような近代の歴史は、ヨーロッパ諸国の中でも、日本の置かれた立場と近いものがあると思われる。日本がひとつのモデルとするに適切な国をヨーロッパから一つ挙げるとすれば、やはりドイツだろう。そうした眼差しで、一つの国ドイツを取り上げ、そのたんなる権力者の闘争の歴史などではなく、国民全体の文化を含む視点で人の生きる場所とその空気としての環境を見ていくことには、大きな意味があるのではないだろうか。一読だけではもったいない。幾度となく味わう可能性と価値とを備えた、文化史研究の力作である。




Takapan
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