本

『デ・ラ・メア ショートセレクション 運命の時計』

ホンとの本

『デ・ラ・メア ショートセレクション 運命の時計』
金原瑞人訳
ヨシタケシンスケ絵
理論社
\1300+
2025.10.

 1956年に亡くなっているから、幾つかの作品はもう百年も前のものである。ある程度、時代背景を知ることは、近年とみに必要になる。この作家は、児童文学にも長けているが、大人向けには怪奇趣味もあると聞く。あるいは、幻想的なもの、と言ったほうがよいのだろうか。
 本書は、子どもが読めるように配慮している。子どもと言っても、私の見立てでは中学生くらいがよいかと思うし、せいぜい小学生高学年くらいがよいのではないかと思う。
 それはともかく、このシリーズは久しぶりに図書館で巡り逢えた。小さいサイズでハードカバー、余白に余裕のある構成で200頁ほど。読書量がさほど多くない子どもでもまだ読みやすいことだろう。
 否、それよりも、本書の最大の特徴は、その表紙である。ヨシタケシンスケのイラスト。これだけで、売り上げは確実に増える。それぞれの物語の初めにも、イラストが掲げられる。物語の内容を象徴する、ただひとつの場面のイラストである。
 標題の「運命の時計」は、4番目、最後に掲載されている。実のところこれは短い物語である。掲載されているのは、「アーモンドの木」「鼻」「どろぼう」ときて、最後にこの「運命の時計」である。
 巻末に「訳者あとがき」があるが、簡潔で、作者と内容に軽く触れているものの、必要最低限の知識、さらにそれよりも少ない情報というに留まる。それがまたいい。物語を楽しんできた人だけが分かる、そんな、同志のささやかな一言、それが魅力的なのだ。
 小説や物語は、その内容をここですべて晒すわけにはゆかない。だから読んだ者としてお薦めする言葉のひとつでも見つければよさそうだ。但し、物語の展開は、細かな描写にやけに凝っている割には、大筋の展開がもうひとつ爽やかではないように感じた。あまりスッキリしないタイプの物語と思う人もいることだろう。好みが分かれそうだ。
 その「あとがき」からヒントをここに出しておくに留めるが、「アーモンドの木」は、少年の目から見た大人の世界が描かれている。もしかすると大人には簡単に分かるその仕掛けが、読者が子どもの場合には、見抜けないかもしれない。これはちょっと大人向けかもしれない。「鼻」は、奇想天外な始まりが面白い。生まれたその男の子の鼻には、なんだか呪いがかかっていたかのようである。読者を、徹底的に「鼻」というものに注目させる効果は抜群である。芥川龍之介の「鼻」もそういう性格があるが、こちらはもっと即物的に「鼻」そのものへの関心を強くさせる。
 さて、「どろぼう」は、なんでも盗んできた大泥棒が、ただひとつ盗めなかったものは何か。なんだかちょっと切なくなりそうな物語でも合った。そして「運命の時計」は、「時計」で恋を叶えたかった者の、これまた切ない物語。
 「ただ、きみを愛している、それだけさ」「わたしを?」彼女は顔をしかめた。「でも、そんなこと――だって、まだ子どもでしょう?」「十八歳だよ」ぼくは正直に答えた。「十八歳なら愛せるの?」彼女はやさしくきいた。「わたしは二十四よ。ということは、何百歳も上ってことでしょう、ハリーくん!」  私はここが心に響いたなあ。




Takapan
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