本

『キリスト教入門』

ホンとの本

『キリスト教入門』
山我哲雄
岩波ジュニア新書792
\860+
2014.12.

 いつもながら、岩波ジュニア新書は恐るべき新書である。中高生をターゲットとしているという。学校の生活や学習に関わる話題も確かに多い。岩波らしく、平和思想のテーマもいくつもある。他方、マイノリティや他国の文化を理解するという方針も強く感じられることがある。今回も、キリスト教という、いわば異国文化についての理解を促す本が作られた。逆に言えば、今まで800冊近いなかで、このタイトルの本がなかったというほうが不思議であるかもしれない。
 これは、教養としてのキリスト教入門であるという。信仰のためではない。案外、これが新鮮であるかもしれない。キリスト教入門とと掲げる本は、ある数え方によると300冊を下らないといい、実に数多あるものなのだが、まず多くは信仰することへの入口となっている。キリスト教書店発行のものでなくても、そういう意図で筆者が記していることが多い。これはある意味で当然である。キリスト教入門を書くことができる著者は、キリスト教信徒である場合が多いが、そうなると、宣教という必然的な姿勢により、それを読む人が信仰をもつようになってほしいという願いをこめないわけにはゆかないのが普通だからである。他方、キリスト教入門を、信徒でない人が書く場合もある。ひろさちや氏は、その点で上手に扱える仏教者である。上手でなかったのが、島田裕巳氏である。この人の本は酷かった。キリスト教を一方的にけなし、読者に嫌悪感を抱かせる目的で書かれたとしか思えない「キリスト教入門」であった。
 難しいのは、正確にキリスト教について記しながら、しかも信仰を迫るような重みを持たせず、たとえば世界史の学習の理解や、文化理解に役立つように、キリスト教について紹介することである。それをやろうとした本書は、なかなか新鮮である。
 旧約聖書については、極力抑えている。ユダヤ教の解説ではないからであるかもしれないし、よりキリスト教そのものを表に掲げるためであるかもしれない。新約聖書は、その内容を、聖書の概観というよりは、要約を試みているように感じられる。当然聖書をどう解釈するかという点で見方が変わってくるものだが、福音主義に走らず、自由主義を正しいと主張するでもなく、若干「奇蹟が書かれているとおりにはなかった」という理性的立場を優先しつつつ描いているように見える。おそらくそのほうが、一般読者にとって自然だからであろう。通常の教養ある、あるいは教養を求める読者が、違和感なく読めるような書き方がしてある。著者自身、岩波訳と呼ばれる聖書の翻訳者の一人であり、学者としては申し分のない働きをしている方であるから、いわば酸いも甘いも噛み分けた立場から、偏らない書き方というものを心得ているのだろう。
 そこで、布教を使命としてもつ者が読めば物足りない内容であるかもしれないが、私は必ずしもそうとばかりは言えないと思った。実にすんなりと内容が心に入ってくるのである。心というよりは頭と言ったほうがよいだろうか、まるで教科書のように、事実の成り立ちや背景が、押し寄せてくるのである。それは、たとえば世界史の中で単に暗記事項として読んだことのある文について、何故そのようなことが起こったか、背景までが、読むだけで心の中に整理されて理解を助ける構造になっている、という感じがするという意味である。そういうわけで教会は分裂したのか、などと、歴史がすうっと頭に入ってくる。これは驚きだった。上手な歴史の先生が、生徒に歴史を語っている、そういう手順の良さと内容の整然さが光る、そういう文章が続いていくのである。
 新約聖書から教会の成立、キリスト教の歴史と西欧におけるその歴史との関わり、宗教改革の意義を含め、現代のキリスト教世界の課題や期待される役割、また、異端とされるグループについてもかなり詳しく紹介される。何がどう違うのかが、手に取るように分かる。
 思うに、信仰の目から聖書を読んでいる信徒に、案外不足している知識を補うという意味でも優れているのではないか。あるいはまた、信仰しているからこそ、ここに書かれていることが実によく理解できる、というのも確かだろう。私もまた、知らなかった歴史の背景があったし、自分ではうまく説明できなかった事柄が、もつれた糸がほどけるように筋の通った解説ができるように思えたし、頭の中が整理できたような気がする。これだけの新書という枠に限られた中で、このようにすっきりした解説ができるというのが、やはりこれだけの学者さんの技であり、強みなのだろう。大いに助かったという印象である。
 そういうわけで、いくらかでも牧師が聖書の歴史や背景について説教する教会の信徒であれば、この本はお役立ちの一冊であると推薦できる。もちろん、大人が、である。大人だからこそ、あまり頭を抱え込まずに読みやすいのも事実であるが、内容は決して軽く簡単なものではない。まことに、ジュニア新書、恐るべしである。




Takapan
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