本

『日本人にもわかるキリスト教の人生訓』

ホンとの本

『日本人にもわかるキリスト教の人生訓』
岩村信二
教文館
\1400+
2009.11.

 すでに『日本語化したキリスト教用語』を読み、ご紹介しているが、その続編であるという。しかし前回は単語として扱い、聖書の用語が日本語としてどのように受け容れられているか、また誤解されているかといった視点で並べていたのに対して、今回は諺のようになっているものを取り上げている。
 あとがきで分かるが、これは著者が、日本人は「人生訓」が大好きだと知った故に、聖書の言葉を人生訓として取り上げたら紹介できるだろうかというふうに考えたためらしい。聖書を深く読むという立場からすれば当然物足りないが、これはなかなかよい試みではないかと感じた。それに、当たり障りのないように一見感じるかもしれない解説も、実はかなり穿った見方や理解を踏まえており、噛めば噛むほど味が出るようなところがあることに、キリスト者である読者は気づくことだろうと思う。哲学を学んだ方であるから、もっと哲学を持ち出すこともできるのだが、それは最小限に留めているように見える。それでも、溢れる知見や教養は、読者が読もうとさえ思えばいくらでも感じることができるものである。
 これも最後のほうに加えられたエッセイから分かるが、著者は落語に関心が強い。なるほど、落語というのは、人の心にすうっと入る。そして聖書の中に、落語に匹敵するようなユーモアが多々あるということを紹介するのである。
 ユダヤ文化での安息日についても分かりやすく、また深いところまで教えてくれるし、日本での生活文化の中ではどう捉えるかなど、たいへんよく考えられて執筆されている。よく練られたものを感じるが、そうでもなく綴ったのだとすると、著者の、物を語るスムーズさや、持っている引き出しなどは、流石というほかない、見事なものであろう。
 時折、文明批評のようなものも見え隠れする。1920年生まれの著者であるから、そこは昔気質の考えや性質もある。時に昔風に感じるところがないわけではないが、それにしては、その年代としてはずっと現代的であるように私は感じた。半世紀以上にわたり牧会してきた経験と歴史が、そうさせるのだろうか。つまり、実際に人々に触れ、特に若い人や子どもたちとのふれあいや交わりもあったであろうから、どんな人にも届くような言葉や考え方を、十分弁えていたということではないか、と推測するものである。
 ひとつだけ取り上げる画、「人を裁くな」という項目では、禁酒運動についての歴史が繙いてある。何故日本では禁酒運動が盛んだったのか、その背景を、宣教師の名前やその派を挙げ、アメリカでその派がどうであったか、アメリカの情況はどうであったかなどを、実証的に示しているのには驚いた。しかし、それを裁いていたのでは、著者の説明は説得力がなくなる。それを堕落と見るか自由化と見るかは、自由に読者に任せている。そして、同時期に宣教師が送られた近隣アジア諸国では、今もやはり禁酒の教えが強いのだということも加えている。
 このように、教えられることが多々あり、やはりこれは辞書のように、また読み返したり調べたりするべきであろうかと感じた。一度は通読すべきである。しかしまた、自分で聖書に触れて話す必要があったとしたら、ここを参照することはきっと役立つことだろう。あるいはまた、話すネタをここから得ることも十分可能であるように見える。その時には、出典として本書を挙げる必要はあるだろうとは思ったけれど。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります