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『キリスト教入門の系譜』

ホンとの本

『キリスト教入門の系譜』
岡本亮輔
中公新書2893
\1050+
2026.1.

 著者は、キリスト者ではない。ただ、宗教学の方面に専門分野があり、知識の点では問題ない。というより、私は邪推するのだが、著者自身が、キリスト教関係の「知識」をメインとした入門書に育まれていたのではないだろうか。
 つまり、系譜というからには適切な分類や歴史的把握があるわけだが、キリスト教を、信徒向けではなく一般向けとして描く書物には、いくつかのパターンがあるのだという。一つは、信仰や証しを紹介し、読者を信仰に導きたいという意図があるもの。著者は終章で、これを「信仰・伝道系」と名付けている。人間は如何に生きるべきか、という問題意識をキリスト教の考えを基に語る「人生系」もある。他方、「知識・教養系」と名付けたものは、異文化理解や国際的な舞台で利用するために、知識として知りたいという人々の要求に応えるものである。さらに、「エンタメ系」と題したものは、娯楽色の強いものをいう。大まかな分類だが、こうした形で整理すると、やはり著者は「知識・教養系」にずいぶん助けられてきたのではないか、と空想するのだ。
 だが、他のものもよく読んでいることは、記述を見れば分かる。信仰へと誘うものについては、よくぞ信仰へ行ってしまわずに踏みとどまっていると思う気持ちもあるが、それが学術であるからには、ブレーキがかかっているのかもしれない。
 サブタイトルには、「内村鑑三、遠藤周作から渡辺和子、オンライン教会まで」と掲げられており、人目を惹く名前を並べたと思える。もっとその間に、表に出したい人の名前は多々あるのだが、ぱっと見で惹かれそうな名前を使った。本の帯には、顔写真が並んでおり、上の三人の他に、賀川豊彦と曽野綾子の顔がある。名前は出しておらず、代表作を示しているものの、賀川豊彦の写真はどこまで知られているだろうか。帯の裏側には、「内村鑑三、賀川豊彦、片山哲、南原繁、岩下壮一、三浦綾子、山本七平、小室直樹……」と名前が連ねられている。
 つまり言いたいことは、表からの宣伝効果を、書店側が握っており、どこを出すかを考慮したのだろう、ということだ。
 他にどのような人が取り上げられているか、それは本書を覗いてからのお楽しみとさせて戴こう。
 それよりも、本書について、もっときちんと知らせておくべきことがある。それは、どうしてキリスト教についてこれだけの入門書や紹介所、あるいは伝道の使命を帯びた著作が日本に多数あり、よく知られているのか、という問題だ。そもそも人口の1%しかクリスチャンはいない、などと言われる。その1%も幻想でしかないことを、著者も示している。日本に8000以上ある教会のうち、30人以上集う光景は稀だ、とまで書いている。私は必ずしも稀ではないことを知っているが、しかし指摘している問題点については、否むことができない。平均年齢は60〜70代かと予測しているが、「平均」の中に子どもも含めると、そのくらいになるかもしれない、とは思う。かつては、60歳以上で敬老の祝福、などと言っていた時代もあったのかもしれないが、ある教会では、もはや80歳にならないと、敬老の範疇に入らない事態になっている。老に敬を払う側がひとりもいない教会もある模様だ。
 もはや日本のキリスト教は「停滞」から「衰退」の局面に入っている、と著者は言う。いや、これもまだ気遣いのある表現であるかもしれない。私はそれはまだ生易しいような気がしてならないのだ。
 しかし、である。日本に於いては、結婚式もさることながら、教育界でもキリスト教が主役になる場面はたくさんある。「文化的広がり」はどうしてここまで大きいのか。著者は本書の眼差しを、「明確な信仰は持たずとも、人生のどこかでキリスト教に触れようとする人々にも目を向ける」ところに置くことを宣言する。「かくれ信徒」とまで呼ぶシンパ層に光を当てたい、と言うのである。
 それは、教会組織の中にしかキリスト教がない、とするのではなく、「むしろ教会の外に広がる多様で豊かなキリスト教との関わりを掘り起こす」ことを試みるということなのである。そうして「はじめに」の中で、それぞれの章で扱う人物と概要を記し始める。中を読む前にこれを見ても、もうひとつピンと来ないかもしれないが、ここに本書のエッセンスは実に効果的にまとめられている。但し、私はこれを、読後にゆっくりと辿るのがよいと思う。著者がどういう意図で書いていたのか、何を見つめてほしかったのか、が見えてくると思うからだ。
 こうして、本書の主張することは受け取ることができるわけだが、それよりも、本書には、本当に簡潔に、人物紹介が次々と舞い降りてくるようであり、その見事さに私はずっと感動し続けていた。人を紹介し、時代の意味も含めて語るというのは、こういうことなのか、と素晴らしいお手本をそこに感じたのである。それに、私もずいぶん知らなかったことを、たくさん教えてもらえた。記述には感情を入れずに、淡々と物語ってゆくので、すべてがすんなりと読み、心に入れることができたのだ。
 但し、私には非常によくないことがあった。出てくる人々の著作、そこに例示された著作が、悉く読みたくなるのである。それで入手できるか、その価格はどうか、といった点で、何度も何度も検索をかけた。もちろん読んだことのあるものも少なくなかったが、初めてその人物の良さが分かり、すぐさま注文した、というケースもある。お陰で本書を読み終わるまでに、幾冊も購入してしまうことになったのだ。否、ブレーキをかけたのもある。今後、本書から何冊私は本を買い続けるか、見当もつかない。ほんとうに……。




Takapan
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