本

『キリスト教と死』

ホンとの本

『キリスト教と死』
指昭博
中公新書2561
\860+
2019.9.

 サブタイトルに「最後の審判から無名戦士の墓まで」とある。表に出て来ないが、著者はイギリスの歴史が専門であり、本書はかなりの部分で、イギリスでの出来事やイギリス文化を踏まえて記述が進んでいく。その意味では、これは世界史のある部分の解説のようにもなっていると言える。また、最後のあとがきの最後の最後で、自身がクリスチャンではないとも明かしている。信仰深い人がこの話題を綴ったら、ずいぶん姿が違っていたかもしれない。つまり、信仰体験のようなことが本書に溢れてくるわけでなく、冷静に歴史的事実とその背景を描いて見せてくれるだけである。
 しかし、これがまた面白い。イギリス史の細部に至るので、その道の素人の私などには、そうだったのかと驚くことばかりであった。歴史に詳しい方からは、すべて常識だよと言われそうな気がするが、そうなんだと感心するばかりのひとときであった。
 死をどう捉えるか。死後の世界をどう考えるか。これは多くの宗教にとっての関心事である。時に日本の私たちとの比較から、また時に宗教改革以降の世界と、それ以前のカトリック支配の時代との関係から、こうした問いに対する答えを見出していこうとするのが本書である。
 こうした社会学的な「死の文化」を本格的に歴史で研究することが始まるのは、20世紀後半ではないかという。それをさらにイギリスを中心に据えて語るのであるから、必ずしも、そのタイトル通りキリスト教全般と死という大問題の結びつきをも考察する試みだとは言いにくい側面があるが、この特異な専門分野を貫くことでこそ見えてくるもの、伝わってくるものがあるのだと思う。非常に興味深く、歴史の中身と重ね合わせながら、楽しませてもらった。
 但し、である。抽象的な教義に関することが続く中でならまだよかったのだが、教義的なものから幽霊の話になり、しかしこの幽霊はまだ楽しめる部分が多いものの、次の「死をもたらすもの」という章に入ると、R18くらい付けてもよいくらいに、エグい表現が立ち並ぶようになる。特にその「処刑」についての説明のところは、一定年齢に達することがなければ読ませるべきではないだろう。また、気の弱い方や気分を害する方々もそこはおよしになったほうがよいかもしれない。それほど人間は残虐な死刑を執行してきたのである。ある意味で、そうした人間の方が、もっと恐ろしい存在であると言えるのかもしれない。
 葬儀については、イギリスでの葬儀の文化が細かく分かる。他の国のことも関連で出てくることがあるが、そこはやはりイギリスという持ち味を十分活かして、著者が知っている様々なことについて明かしてくれる。国王の葬儀のありさまだとか、モニュメントの製作などの意味や実態というふうに、興味深く拝見する思いがした。
 文化的な方面であろうが、墓から遺体を盗み出す人がいたり、掘り起こす者がいたり、当時の文化が本書にずいぶんと埋め込まれている。また、かつての墓がどうなっていくのかについても言及があり、いまはその上に教会でない別の建物が建っているということも珍しくないのだそうだ。
 そう、ここに潜む問題は、教会の数が減っているということである。だが教会に埋められていた遺体についてはいじることなく、そのまま別の施設に建て替わったわけで、ある例としてはスーパーマーケットの下の部分に遺体が埋まっているのだ、などと説明している。こうなると、教会数の減少や信仰の吸いたいなどといった、また別の問題が絡んでくることになる。著者としては、たぶんこのことをも絡ませて考えてもらいたかったのではないだうかと思う。
 だから、哲学的に「死」とは何かを探究する本ではないし、あるいはまた「死」のメカニズムを科学的に披露しようなどという本でもない。不気味さがつきまとう以上は、娯楽書と言いにくいし、「死」への心理学的な不安や問題について検討しようというようなこともない。いわば世界史の授業の特別講師によるある話題に対する深まりを示してくれるというところであろうか。
 そして、私たち一人ひとりが、自分の死を経験する(という表現が適切かどうかは検討しない)ためにも、歴史の先人たちがどのようにそれを考え、あるいはもしかすると克服してきたか、知恵を伺いたいとも願う。本書は手に取るまではためらうかもしれないが、どうか手にしたら一気に読み進んで戴きたい。哲学的な探究にもなりうるし、歴史の理解が格段に進むことも確かだろう。これを専らキリスト教という方向から見てくれたというのが、常々仏教の説明ばかり聞くような私たちにとって、実は本当に有り難い。
 しかし、キリスト教というバックボーンが、本書に紹介されているこのようなことを争っていたり、こだわっていたりするのはどうしたものか、と読者から次々と言われそうな気も少ししてくるので、この本をお薦めするのが、少しばかり怖いかもしれない、とも感じる。
 ただ、おもに中世のヨーロッパ社会における「死」の思想を記した本書であるが、メメント・モリ(死を忘れるな)の合い言葉で閉じると共に、そこに「平和」を考える大切な鍵があるのではないか、と著者の考えを仄めかしているところを、私たちは大切に読み取りたいものだと思う。




Takapan
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