本

『キリスト教のとても大切な101の質問』

ホンとの本

『キリスト教のとても大切な101の質問』
J.H.クラウセン
高島市子訳
創元社
\1680
2010.9.

 元のドイツ語の原題も、ほぼ同じ言葉である。この手のものにありがちな、見開き2頁にすべての項目を整理して表そうという意図はまるでなく、長い解説もあれば短い回答もある。必要な分だけ描かれているという印象である。また、章のようなまとまりの最初に絵画が小さく掲げられているほかは、ビジュアルな要素は何もない。その意味で、多くの人にウケようとする気配は感じられない。
 質問そのものは、非常に初心者のようにすら見えるが、これがドイツ国で著されている点に注意したい。つまり、このことの意味するのは、この本でも度々記されているように、衰退するヨーロッパのキリスト教会を見やりつつ、どうして人々はキリスト文化にいると考えつつ、キリスト教や聖書について、知らないことが多すぎるというところを見ながら本ができあがっているということだ。
 その意味では、日本の仏教の状況と似ていると言ってもよい可能性がある。確かに生活に根ざしている。人々は自分の家は仏教であると見なしている。しかし、仏教について改めて尋ねられると、詳しいことは知らない。教義もよく分からない。なんとなくこんなものかなという程度、いくらかのエピソードは聞いたことがある、そんなふうなものだ。その文化にどっぷり浸かっていることと、その文化を自分の中に一定の自覚とともに理解しているといこととは、雲泥の差がある。
 著者は、ヨーロッパのキリスト教について、飾らず事態を明らかにする。信仰を強くしましょうとか、神さまの計画がなされますとかいうように、ありきたりの護教的フレーズは見当たらない。かといって、キリスト教がだめだとか、変わるべきだとか、そんなふうに主張しているわけでもない。少し突き放してはいるものの、事実上突き放して見ている多くのヨーロッパ人の立場に近い視点を保ちつつ、キリスト教内部について解説を施している印象である。
 アメリカだと、これに比べてかなり信仰的要素が強くなることだろう。ショー的な場合もあるが、福音伝道は広く行われているし、政治に関わる場面でも教会や信仰が大きく影響するものとなっている。教会への出席も比較的多いものだろう。しかしヨーロッパはそうではない。私たち日本人キリスト者が、漠然と西欧の教会などと一括りにするのは、実は適切ではないのだ。ヨーロッパの状況は、歴史的なものと比較すると深刻である。著者はそのドイツでの現状を踏まえ、周辺諸国の状況も適切に捉え、ここにキリスト教の飾らぬ実態を示そうとしているように見える。
 これが、なかなかいい。
 著者も断っているとおり、ここには個人の見解が多い。それで、やや自由主義的な成果も多く取り入れられていて、信仰のいわゆる初心者にとっては刺激的な言い方もあるかと思う。聖書は誤りなき神の言葉である、という原理主義に貫かれた信仰を保とうとする人から見れば、汚されている思想のように見えるかもしれない。だが、これも踏まえていればいいと私は思う。自分は純粋な信仰に立っている、と頑なに別の思想を拒むのもひとつの生き方ではあるが、ともすればそれは脆さを有する。「聖書には誤りがない」との一点張りだと、事実上ここは矛盾しますと指摘されたとき、それを受け容れてしまうと、自分の信仰の基盤が崩れてしまうのである。神の愛に狂いはない、という信仰があればよいのだ。人の手による文字には誤りがあっても構わないという程度のスタンスがあれば、そのくらいでは信仰は揺らぐことがない。竹のようなしなやかさが実は強いのであり、ただ固いだけの木が、実は簡単に折れるという場合があるものなのだ。
 この本には、素朴な疑問が溢れている。どうすれば神を体験できますか。さて、このように尋ねられたクリスチャンは、どう答えるだろうか。今日なぜ教会は空いているのですか、という質問には、逃げ出したくなるほどの思いが湧いてくるかもしれない。教会の分派がこれほど多くなった理由は、と訊かれて、適切に納得できるように答えることができるだろうか。また、最初は少数派で迫害されていたキリスト教が、歴史の中で後に迫害する側にまわったのは何故ですか、と問われたとき、果たしてキリスト者はどう返答するだろうか。
 こうして、この本は「逃げない」姿勢を貫く。どんな厳しい質問にも、どんな無知からくる質問にも、その問うた人に見えるような答えを呈していく。そういうことから、これは福音を伝える側に立つ人にとり、大いに力となりうる一冊ではないかと思う。もちろん、この本の通りに答える必要はない。しかし、この本の見解をひとつの基盤として、自分なりにまた考えたり、調べたりしたらよいのである。つまりは、使い方を間違えなければ、かなり有用な本であるというのが、私の見解である。




Takapan
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