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『聖書 聖書協会共同訳 発行記念講演集』

ホンとの本

『聖書 聖書協会共同訳 発行記念講演集』
日本聖書協会
\500+
2019.6.

 2018年末に、約30年ぶりに新しい聖書を、日本聖書協会が刊行した。新改訳も2017年に新装開店のごとく新たな聖書を出したことと足並みを合わせたような恰好となった。カトリックもフランシスコ会訳を一般に普及させるよう努めたので、日本のおもな聖書が私たちの目の前にいくつも登場したようなものである。
 日本聖書協会は聖書を発行する会社としては最大と言ってよく、正式には知らないが、日本の教会の4分の3あるいはそれ以上の教会で受け容れられている聖書をつくっているのだろう。これが新たな聖書を出したのだから、キリスト教界では大ニュースである。
 2019年2月に開かれた講演会の内容を文字にして知らしめたというのが、本書である。56頁と、5頁余りの写真を含めたブックレットで、読みやすい。講演ということは一度聞いて理解できるように語られているはずだから、伝えようとすることがよく伝わってくるはずである。新たな聖書に関心をもつとなれば、聞き逃せない内容である。
 とはいえ、この聖書協会共同訳については、事前からパイロット版を出すのはもちろん、編集方針などがブックレットで盛んに告知されており、この講演で初めて知る情報というものが多いわけではなかった。ただ、注目はやはり、ローレンス・デ・ヴリース氏による、聖書翻訳についての講演であったということになるだろう。
 ヴリース氏は、新オランダ共同訳聖書の専門家検討委員会の委員長を務めた人だというが、今回の日本の聖書改訳が、このオランダの方法を学び、追従しているところが多いわけである。その具体的な内容は本講演の原稿にお任せしよう。いったい聖書翻訳とは何か、について一読して分かる程度に、聖書の歴史全般にわたって簡潔に語っている。この講演は勉強になるだろう。
 PRとしても一大イベントだったわけで、本書には、銀座教会で開かれたこの講演会と奉献式のプログラムまで丁寧に載せてある。多くの要人のスピーチがあり、それぞれに味わい深い。新しい聖書に対する意欲がよく伝わってくる。
 だが、しょせん主催者の宴であり、祝賀会である。これはやはりPRに徹しているだけである。この聖書の特徴について、そのメリットだけを知るには優れた資料であるが、そこで言われていない問題点については、私たち読者や利用者が気づこうと探し、見出さなければならない。
 たとえば、今回の聖書では、男尊女卑にまつわる新共同訳の不適切な訳語の多くは改善されたが、「今後も」女性の視点からしっかり吟味されてゆかねばならない、という件がある(p49)。これは気づきにくいが、裏を返せば、今回も女性についての表現に問題が残っている、ということを意味している。そのことは、『福音と世界』7月号でこの聖書協会共同訳についての特集がなされている中で明らかである。女性の意見を集めた恰好をとりながら、女性についての表現について提言をしたその女性に対して、もう意見を言うなと斬り捨てた委員会の実情が明らかにされている。その経緯を知っていていくらか呵責を覚えるからこそ、「今後も」という言葉がここで使われているに違いないのである。
 30年前の改訳の時に比べれば、通信環境が全く違い、進歩した。翻訳作成にあたり、関係者はどこにいてもネットで素材をつきあわせ、意見を交わすことができた。だから、作業の能率はかつてとは比較にならないくらい良かったことは想像できる。新共同訳のときはさらに、途中から方針を変えたことや、新約と旧約の間での突き合わせが不十分だったことが結果に表れている面が多かったが、それも比較的スムーズにできたことだろう。しかし、確約した出版の時期に向けて、対立する意見をどうまとめるかで、何らかの力関係が働いたことは否めない。
 まだ基本的に一種類しか出ていない。早く教会に普及させたい、検討させたいのであるならば、小型聖書を示さなければなるまい。日本聖書協会側では、とにかくメリットになるところばかりを宣伝しようとするしかないだろう。だがそこで、自ら問題点を晒すくらいの覚悟がなければ、これを利用しようとする動きが盛り上がらないのではないかと私は個人的に感じている。私には罪がないと威張る者をイエスは退け、この罪人の私をお赦しくださいと胸を叩いた者を神は受け容れた。墓を白く塗ることばかりに精を出しているのではなく、今回の聖書ではここまではしたがこれができていない、と打ち明けてもらえたらと願う。
 神の言葉は、翻訳により完成するのではない。神の言葉は、それを受け止めたひとの中で出来事となっていくものである。印刷された文字にプライドを置こうとする発想をやめて、生かす霊のはたらきへのピスティスを示すことで、イエス・キリストのピスティスを体験するというプランは如何だろうか。




Takapan
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