本

『コミック ボーア&ハイゼンベルク』

ホンとの本

『コミック ボーア&ハイゼンベルク』
渡辺正雄監修・石川宏作・中川佳昭画
丸善
\1250
1994.7

 古い本で申し訳ない。丸善コミックスというのだそうだ。これはその第一期の八冊目であるようだ。「量子力学の創始者たち」というサブタイトルが付されている。
 歴史に、若干の脚色をした上で、物理学者の生涯とその時代背景について、ストーリーとして紹介してくれる。コミックであるために、読みやすいし、頭に残りやすい。マンガの効用は、なかなかである。
 もちろん、この本で量子力学の理論を教えようとしているのではないため、その道の説明は最低限となっている。物理の成績を上げるのにはあまり役立たないであろう。だが、物理学者の情熱や苦悩が、人間ドラマとして伝わってくるし、その哲学的とも言えそうな側面、それから人間の愚かさも素晴らしさも、中に詰まっている。
 師としてのボーアに、若い学生ハイゼンベルクが結びつき、ときに意見対立も交えながら、そして戦争という時代の中で物理学の意味を問わされ、平和利用のために動いていく。とくに、ハイゼンベルクの不確定性原理を人生論のようにも語ってくれるところは、読み応えがある。とくにシュレーディンガーの猫の論争のところは、ひとつの華であると見た。
 というより、実は私が個人的に、そういう立場で物事を捉え、考えることをベースにしているために、不確定性原理への思い入れが大きい、というふうに言ったほうかよいのかもしれない。観察者が対象に影響を与えてしまい、時間と空間とを同時に確定する認識は不可能である、というのは、まさに量子力学らしい観点でもあるし、ニュートンやカントの世界観を変えてしまう現代思想の根本であるとも言える。主体と客体の対立図式から説明されていた古典的な世界像を、根本的に変えてしまったからである。
 興味深いのは、物理学者の中でも、これが神の問題と重なって議論されたという点であり、神学的思想の土俵の中で検討されるような場合が絶えずあるということである。
 なかなかこうしたコミックを全部購入するというのは難しいことだろうが、学生にしても、こうしたものから予備知識を頭に入れておいて、それから専門書に入るという学習の経路があるわけで、今の学生は便利な世の中にいるものだなあと感じる。これだけ環境が調っているのだから、ネットで調べてコピペなんてしけたことをしないで、どうぞ自分の頭で考え、アイディアを出しあっていってもらいたいものだ。
 コペンハーゲン精神がせっかく紹介されているのだ。これを、作画グループは、訴えたかったのではないか、と思えるほどである。そして読者である私は、そう受け取ってみた。
 あらゆる権威を排し、新しい理想に挑戦し続けることが、今も同じように求められているのではないかと、感じられてならない。




Takapan
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