本

『ブラック・ジャック創作秘話』

ホンとの本

『ブラック・ジャック創作秘話』
宮崎克原作・吉本浩二漫画
秋田書店
\680
2011.7.

 書評や本の評判というのも、限られた中から見つけた本について騒いでいるだけだし、それを以て商売にしている者によるとなると、利益目的が見え隠れする場合があって、まともに信用して本を購入するとがっかりすることが多い。ネットの中でのランキングがいかにヤラセに満ちているかが近頃問題視されているが、そういう性格はいわば当然のことであって、利益になるためなら人間はどんなことでもする、というのが社会常識である。
 宝島社「このマンガがすごい!」という定番のマンガランキングがある。一位とか何とか付けるが、その数字そのものに大きな意味を持たせるというよりも、いろいろな立場の人からいろいろ上がってきたマンガ作品を概観するだけで、人の気に入るマンガというものが並べられてくるのは参考になる。
 もちろん、マンガなど、すべてを見通すことはできない。その厖大な数は、とても人間が消費できる量ではないのだ。その中から、自分が出会ったものたちのうち、輝くものをまた人に紹介する、そのささやかな儀式のようなものとして、こうした評判を受け止めてよいのではないかと私は考えている。
 書店も必死だから、なんとか手にとってもらおうと、こうした書評ものの本と、そこで上位に輝いたものを特別にまとめて展示することになる。私は偶然その棚を見た。そして、その一位に輝いていた本を手に取った。私が珍しく全巻もっているマンガの一つ、ブラック・ジャックがタイトルに付いているではないか。そしてあの手塚治虫の製作秘話といったようなふれこみになっている。
 この本は、殆どがマンガである。ただし、絵は決して私が好きなタイプではない。手塚治虫の顔も、これでいいのかなというふうなタッチである。だが、ここには証言がある。製作の背後にあった事情は、そのアシスタントや担当者また編集者でないと知り得ないものがある。私はそこに興味をもった。
 それで、「買い」である。
 期待を裏切ることはなかった。あれだけの作品を、比較的短い生涯の中に生み出し、駆け抜けていった、やはり「天才」と呼んでよいかと思うが、その手塚治虫が、どんな仕事をしていたのか、実によく伝わってくるからだ。
 内容やエピソードについて、ここで並べて紹介するつもりはない。手塚治虫のファンならば、ぜひ見てみたくなるものであることは確かである。ファンならずとも、ブラック・ジャックを知っている人は少なくない。小学生の中にもファンがいることを私は知っている。医師を志すきっかけになったという子もいる。最初は「恐怖コミックス」だった。だがそれがやがて、「ヒューマンコミックス」に変わった。秋田コミックスの表紙には、少なくともそう記してあった。またブラック・ジャックは、手塚治虫の復活の書でもある。劇画ブームが起こり、手塚はもう過去の人扱いされる。大人向けの作品を手がけつつも、グロいものにはまりこみ、そのためにまた陰湿になっていってさえいた頃である。そのブラック・ジャックの創作に光を当てたというのが、まずこの視点の優れたところであっただろう。人間業とは思えない仕事ぶりがあった。とてもまともな労働条件ではない。それは今でも変わらない部分が一部にあると言われるが、それでもこの手塚の周辺にある事態は、とても現代では再現されえないものであろう。マンガの制作の仕方も変わった。通信手段も発展した。しかし、だからこの過去から学ぶことはないかというと、そんなことはないだろうと思う。
 私個人は、石ノ森章太郎や赤塚不二夫について、永井豪が語る終わりのところが印象的だった。同じような苦労をしていながらも、方向性が違うものを求め、また仕上げていくということがこんなにも歴然とあるものだと思わされたのだ。きっかけは同じでも、向かう方向は異なる。そんな夢のような世界がここにある。だからこそまた、そうしたマンガに子どもたちは、夢を抱くことができたのだ。
 果たして今のマンガは、子どもたちに夢を与えているだろうか。それともまさか、大人たちの皮肉めいたノスタルジアにぬかるんでいないだろうか。




Takapan
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