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『旧約聖書がわかる本』

ホンとの本

『旧約聖書がわかる本』
並木浩一・奥泉光
河出新書055
\1270+
2022.9.

 並木浩一先生の本はいくらか手にし、好感をもっていたので、新たな新書ということで注目していた。本のタイトルは卑近であり、「<対話>でひもとくその世界」ということで、終始対談という形式で展開していることも気になったが、むしろ読みやすかった。「対話」というから、いくらか議論めいたものがあるのか、と思ったが、大学での師弟関係でもあるせいか、至っておとなしく、二人の「会話」が進んでいくような印象である。
 こうした親しみやすいものが一般にも読まれて、旧約聖書に関心をもってもらえたらいい、と私も思った。新書にしては値が張るが、430頁を超える厚みは、普通の新書の倍はある。読み応えもある。
 聖書をよく知らないという方も、旧約聖書の意味から入れるし、聖書を読み込んだ人も、かなり新たな視点が得られるのではないだろうか。実際、かなり専門的な知識や見解も随所に提供されており、解釈の点でも学ぶことが多かった。もちろん、それは並木浩一という、特に旧約における碩学の故でもあり、またその特定の学者の見解という制限もあるものの、心得ておかなければならない基礎が十分ちりばめられていると言えるだろう。
 聖書に従ってただ解説するばかりではない。古代文化の理解を促し、またそれは現代社会に必要な知識として、あるいは現代世界への批判として、考えていかねばならないことを含んでいる。聖書を自分なりに読み、また牧師の説教を毎週よく聞いていたとしても、聖書世界の常識について、知らないことは知らないのだ。疎いことは多々あるはずである。必ずしも系統的に述べられている本ではないかもしれないが、目次を頼りにまた振り返ることも可能である。ただ、時折私が口にすることだが、「索引」があればもっとよかった。これだけ分厚くなった故、難しかったかもしれないが、後から見たい点、調べるときに役立てたい点がいくらも詰まっている本であるとするなら、やはり「索引」は欲しい。
 やはり創世記は面白い。人間の原点とも言えるような領域について考えさせてくれる。一人ひとりの登場人物の性格を読み解き、その言動について詮索めいた探究をすることで、神と人間との関係について、改めて思い知らされるものであった。この「関係」こそ、信仰の核心であると私は考える。となれば、創世記はその考察の宝庫である。
 ただ、並木浩一先生とくれば、やはり「ヨブ記」である。ヨブ記は難しい。それを論じた著作ももちろんあるのだが、今回この「対話」という、触れやすい雰囲気の中でこのヨブ記についてたっぷりと見せてくれたことは、私にとってもたいへんありがたかった。ヨブ記の場面ごとに区切って、そのときのヨブの心情や、主張の意味などを、これほど分かりやすく教えてくれるものを、私は寡聞にして知らない。
 並木訳のヨブ記を盛んに引用していることで、ずいぶんと頁数が消費されたが、それは見慣れた訳とは違うところが多々ある。その説明もなされているわけで、味わい深いことは間違いない。本書の実に三分の一を、このヨブ記が占めていたことになり、偏っていると言えばその通りなのだが、私にはうれしかった。なんだったら、サブタイトルなどに、この「ヨブ記」をフィーチャーしていることを明らかにしたらよかったのに、とさえ思う。残念ながら、帯にもこの点には全く触れていないのだ。ヨブ記をこれほどにぐいぐいと迫る形で語るような本は、そうそうありはしない。これをアピールすれば、もっと手に取る人が多くなったのではないか、と私は思っている。
 本書はこのヨブ記全体を見終わると、結ばれる。決して、旧約聖書解説の王道を行くものではない。この特色ある編集は、なかなか愉快である。随所で、自分の人生や世の中について考えさせてくれるものであるだけに、このヨブというモチーフは、多くの人の共感を得る可能性があることだろう。そして、ヨブ記に喘いでいるクリスチャンたちも、ヨブ記の読み方というものに膝を打つことが何度もあると思われる。ぜひ、そちらの方面からの宣伝も、ご考慮戴きたい。




Takapan
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