本

『鼎談 現代のアレオパゴス』

ホンとの本

『鼎談 現代のアレオパゴス』
森有正・古屋安雄・加藤常昭
日本基督教団出版局
\850
1973.7.

 えらくまた古いものを探してきたものであるが、これもSNS関係で、誰それが取り上げた本を無性に読みたくなるという場合があるせいである。紹介者が上手に紹介したということもあろうが、それに関わらず、これだけのメンバーが集まって話をしたというのであれば、覗き見もしたくなるわけである。
 もう半世紀近くも前のものだということで、時代の影響があることはやむを得ない。当時の世界情勢が異なるということのほかに、社会主義に価値観を高く置いていたり、中国についてまだ脅威を感じている様子がなかったりするのが、時代のなすわざだとしては失礼だろうか。
 パリ大学教授であった森有正氏は、あの日本初代文部大臣・森有礼の孫であり、キリスト教関係への著作もあり影響が大きい。三人の中で年長であることからしても、この場の中での重鎮という扱いである。
 古屋安雄氏も国際キリスト教大学教授でありICU教会牧師であることから国際的視野も広い。日本のキリスト教を憂う著作もある。
 加藤常昭氏はその後の日本での伝道活動における貢献は敢えて述べる必要がないほどである。しかしこのときには、森氏よりは15歳若いので、若僧扱いされている点がいまとなっては新鮮である。本書についての編集責任を負っているようで、三人を並べる名前では最も下に記している。もちろん、それは年齢順であろうとは思われるのであるが。
 三人のホテルでの鼎談をまとめ、それもかなり臨場感溢れる対応が活かされる形で、息づかいが伝わるようにまとめられている。内容というよりその雰囲気について言うと、やはり森氏がでんと構え、他の人から突っ込まれても、そうですねなどととは返さず、「いや……」と必ずのように言い始めるのが、性格的なものなのかもしれないが、その場の様子を教えてくれる。そして加藤氏が時折「ウーム……」と反応に困るような場面も見られて、失礼かもしれないがくすっと笑ってしまう。
 古屋氏の発言は多くない。時に加藤氏が自分のドイツでの体験もあることからか、かなり冗舌に喋るところがあるのだが、当人は出しゃばりすぎたかと反省しているようなあとがきがあった。そんなことはないと思う。鋭いツッコミや、話題の転換、そして場を治める司会者としての力量を感じる、良い進行役であったのではないかと思う。
 さて、アレオパゴスというのは、新約聖書の使徒の記録の中にある、パウロがギリシアで伝道したその広場のことである。奴隷制の中で日常を自由に過ごしていた市民は、哲学の論議に花を咲かせていたのであるが、彼らはパウロの話に関心を寄せており、新しい神の話をよく聞いていてくれたものの、復活の話になったとき、ばかばかしいと嘲笑った様子が描かれている。つまりパウロは哲学の都アテネでは失敗したのだ。
 しかしここでは伝道の目的ではない。むしろ、伝道をどうするか、日本をどう捉え、自分たちが日本の中でどのようにしてキリスト教会を営んでいくのか、について広い視野で語り合おうとするものであった。パウロが懐いた怒りを私たちも心の底にもっているはずだ、という動機がそこにある。話題はいろいろ変わっていくが、その底流に「神」と「罪」という問題が横たわっているので、それに気づいてほしいという願いがこめられている。
 ヨーロッパの限界もすでに分かっている。もちろん見習うところもあるだろうが、日本の教会がこれまで単純に輸入するようにしてきたことへの反省が必要であり、そして日本的キリスト教の意識、これからのこと、そんなことが優れた三人によって自由に語られていく。とくに日本にある無教会という立場のユニークさが目を惹くが、教会と呼ぼうがどうであろうが、共同体の必要さは、牧師という立場があるせいだけではなく、三人の目指すところであることが伝わってくる。
 信仰の問題には、どう経験するかという点が見落とせない。しかし世俗化してきたキリスト教が今後どうなるのか。そのことがまた、戦争責任や天皇責任につながっていく。そして世界への眼差しも拡がっていく。
 これは計算された構成により作られたとは思えないので、この話の流れを味わいたい。プラトンの対話編を楽しむように、話を順に辿っていき、自分がそこに加わっている、というと大袈裟かもしれないが、せめてオブザーバーを務めているかのように、参加していたいものだと思う。
 繰り返すが、時代的な背景はある。だが、もしいま私たちがこの話題で話を始めるとしたら、どんなことを口にするだろうか、またどう捉えていくとよいのだろうか、そのように新たな議論を呼ぶものであるときに、本書はほんとうの命を有するものとなるのではないかと思われる。だから、これを語った三人が、というよりも、これを受け取った私たちが、どうするか、それが最大の問題であるのだ。そこが抜け落ちてはいけないのだ。




Takapan
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