『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』
矢野久美子
中公新書2257
\820+
2014.3.
アーレントの著書を多く訳出してきた著者であるだけに、細やかな著書の理解を私たちにもたらしてくれるし、その情熱も真っ直ぐに伝わってくる。
また、女性の眼差しというのも、心強い。女として生きた、というと語弊があるかもしれないが、アーレントは、なにも男を遠ざけて生きたわけではなかった。そうした生き方を含めて、本書は丁寧にその生涯を辿る。とびきり持ち上げるわけでもないし、端から批判的に接するのでもない。ただ、その真意を蔑ろにしないように、ハンナ・アーレントの目の高さにできるだけ合った形で、世界がどう見えていたか、という問題意識を以て、淡々と筆を運ぶ。
もちろん、そのエポックは、『イェルサレムのアイヒマン』だった。「まえがき」の一行目に登場するその本は、1963年5月の刊行であったと示される。著者は激しい非難にさらされる。ナチスの中核にいて、虐殺の指令を出していたアイヒマンの裁判に臨して、悪の凡庸さを指摘したことで、いまで言えば炎上した――のように、時折言われるのだが、もちろん事はそう単純ではない。ユダヤの当局側の人間とナチとの関係を挙げるようなことをしたら、確かに政治の大きな場の問題に巻き込まれてしまうであろう。彼女ももちろん悩み苦しんだことであろうが、ユダヤ人として生きることは、なんとしてもユダヤ集団を弁護することではなく、個として与えられた視点に徹底的に正直に生き、闘うことだったのはずだ。事実を語ること、そこに妥協は要らないるしかも、それは自分が唯一正しいのだぞ、などと言いたがる凡庸な人間たちの考えることとは全く違う。視点は様々必要なのだ。
本書は、ハンナ・アーレントの子供時代の叙述に始まり、哲学を学ぶ始まり、それからハイデガーやヤスパースとの出会いから、結婚と親友との交わりが描かれる。しかし、時代はナチの支配する社会へと、確実に移行しようとしていた。
危険を冒してパリへ亡命する様や、よい友人たちとの関係も、人としての生き方そのものを見せてくれるものだが、よく調べて、臨場感さえ伝えてくれる。
第二次世界大戦が始まって、ユダヤ人として収容所に入れられたことや、そこからのスリリングな脱走、またベニヤミンと隠れていた時のことなど、これは映画さながらの事件続きである。
間もなく、アメリカに渡る。ニューヨークで生活ができた。これも、友人の身元保証のなせる業だった。英語を一から学び、生きる基盤を見出す。ヒトラーを外から眺める形になり、比較的自由に論考を発表することができるようになった。当事者としての分析には、なるほど強い意味があると言えるだろう。
しかし、当初彼女ですら、アウシュビッツの出来事は、まさか、という思いだったらしい。ここから、『全体主義の起原』が生まれ、『人間の条件』へと結実する。こうした仕事は次第に評価されるようになり、数々の章も受ける。しかし、ここで最初に述べたアイヒマンについての論争が起こる。友人たちも多く離れる。だが、アーレントは、悪を断罪しようとしたのではなかった。人間が世界に無関心になり、何も考えなくなることにより、悪に簡単に加担してしまうこと、それは誰にでも起こり得ることに、気づかねばならない、というように叫んでいたはずである。人は無責任なままに、平然と加害者となってゆく危険性を有しているのであって、それはいまも何も変わらない。
実際、そういう彼女を支える人たちは、少なかったかもしれないが、確実にいた。ヤスパースもその一人である。また、それを支えるべきことに、気づいた人々の輪は確かに拡がってゆく。
ケネディ大統領の暗殺の報道を悲しむアーレントの姿も記されている。暗殺自体も嘆くべきだが、それにもまして、警察のやり方について危惧を抱いた、としている。こうした事件で「世界全体が変化し暗くなった」ともアーレントは言っている。
イエスが十字架に架けられたとき、昼の12時から3時まで暗くなった、と福音書は証言する。私たちはすぐに、それは日蝕に違いないと決めつけ、日蝕の起こった日時を科学的につきとめ、イエスの十字架の死はいついつだ、などという議論を始める。私は違うと思う。イエスの死により、世界は間違いなく、暗くなったのだ。このアーレントが見たのと同じように。
アーレントの葬儀のとき、必ずしも最後まで寄り添ってはしなかったかもしれないけれども、友人であったハンス・ヨナスが「あなたの温かみがなくなって世界が冷たくなった」との言葉をかけたという。世界は、暗くなり、冷たくなった。一時的にも、そうなった。だが、私たちは新たな温もりと光を、生み出し得るだろうか。生み出さなければならないのではないか。
本書は、アーレントの意義を、ひとつの中軸を示して掲げるようなふうではない。様々な面があることを、小出し小出しに示しておく。本書から「これだけ」を憶えておいてくれ、というタイプの本ではない。だが、私たちは見出すであろう。本書の随所に、輝くものが鏤められていることを、そのどれか一つでも持ち帰るならば、きっと世界の明るさが少し増し、温度がわずかでも上がることだろう。そういう温暖化ならば、きっと誰もが歓迎するに違いない

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か
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