本

『子どもに語る アラビアンナイト』

ホンとの本

『子どもに語る アラビアンナイト』
西尾哲夫訳・再話
茨木啓子再話
こぐま社
\1680
2011.11.

 小さな本であるが、なかなか読み応えがある。これを子どもにほんとうに語るとすれば、相当な時間を費やすであろう。その意味で、200頁余りのこの本は、価格に見合った価値があると捉える。
 小学校の中学年以上であれば読める程度のふりがなも振ってあり、子ども自身が読んでも差し支えない。むしろそのようにして楽しむことも十分期待されてよい。ただ、ここには挿絵がない。子どもがそれをどう受け止めるか、が問題だが、しかしへたにイラストがあると、その絵の情景に縛られてしまい、自由な想像が妨げられるのも事実である。話はアラビア世界の、奇想天外な物語。これを、誰か特定の解釈者による絵で、限定したものしか読者が感じることができないというのは、もったいない。小学生にも、ぜひ自由に想像してもらいたいし、自由な絨毯、自由なアリババの姿を思い浮かべてもらったほうがいい。そのほうがきっと楽しい。読書感想画など描いてもらうと、面白いことは間違いない。
 さて、物語は、子ども向けにされているが、専門家の研究を踏まえて、内容的にも信頼のおけるものとなっている。とはいえ、最後に解説がしてあるが、有名な物語のうちには、元来のアラビアンナイト物語にあったのかどうか疑わしいものも少なくないという。このあたりの事情は、私も寡聞にして知らず、勉強になった。
 シェヘラザードは、リムスキー=コルサコフ作曲による、私の好きな交響組曲のでもある。西洋風に受け止められたものとはいえ、その異国情緒漂うメロディは、むしろ東洋の私たちには親しくさえ感じられ得るものであろう。西欧化してしまった現代日本においては、逆に遠のいてしまったかもしれないが、受け取りようによっては非常に慕わしいものとなるかもしれない。旅人をもてなすこと、運命に逆らわないこと、物語に度々描かれる、このような人々の素朴な人生観が興味深い。
 それにしても、いざ読み終わると、空飛ぶじゅうたんとはこういう話だったのか、シンドバードは意外と年配向けの話なのだ、アリババは盗賊のリーダーじゃないんだ、その召使いのモルジアナのなんと聡明で勇気あることよ、など、思い違いや無知から私もずいぶんと解放されたような気がする。これを聞く子どもたちの心の中で様々な冒険をし、旅をし、どきどきはらはらしながら次のシーンを待つようすなどがうかがえる。また、どうせ最後はこうなるさ、というふうな安易な解決が裏切られることもあり、事は単純ではない。背中にコブのある男の話は、落語にもなっているそうだ。他の話も、落語や小咄に十分使えるようなネタである。いや、確かに落語はいい。その長さ加減といい、面白さや展開の見事さなど、語るに相応しい内容である。
 語るのによいというのは当たり前。シェヘラザードは、このような話を千一夜続けることにより、自らの命を守ることができたのである。王の夜伽話として、自分の首をかけて話し続けた面白い物語だ。命がけの物語として、それぞれが珠玉の光を放っている。
 イスラムの理解にもなる。妙な偏見で、イスラムはテロリストだと思いこまされている日本の方々に、ひとつこの本からでもイスラムの基本を知ってもらって、国際理解と国際平和に近づいていくことができたら、とまで考える私である。それほどに、感心し、また面白かった。




Takapan
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