『アンの夢の家』
モンゴメリ
松本侑子新訳
文春文庫
\670+
2020.11.
全8巻シリーズの、第5巻である。アンとギルバートの心が通じ、いよいよ結婚となった。その新婚生活の2年間を描く。
松本侑子さんは、「ノート」という名前の注釈を豊かに見せてくれる。これがウリなのだが、実に誠実で、読者と秘密を共有したい、という心理があるのかもしれない。「読者」とは呼ばずに「心の同類のみなさま」と呼ぶところからも、それが窺える。
自分で、実に細かく調べている。ウェブサイトが充実していなかった頃には、本当に苦労して、資料を探り当てた。それに比べると、近年はまだいくらか調べやすいだろうとは思うが、それにしても、古典文学から聖書の細かな表現、名前がスコットランド系かアイルランド系か、その政治的背景、宗教の派など、たいへんな調査が必要になる。
もちろんモンゴメリ自身は、牧師夫人としての立場があるから、信仰的な表現は、モンゴメリを調べていけばいくらかは理解できる。だが、ごく稀にだが、この「ノート」には、聖書について少し違うかな、と思えるような箇所も、ないわけではない。言おうとしていることは分からなくもないが、「イエスは神ではなく神の子」と言い切ってしまうのは、やや配慮に欠けるように思う。しかし、よく調べてある「ノート」であることには違いない。
それが70頁、そして「訳者あとがき」が30頁。これを見ると、本作品について凡ゆる角度から説明が施されていて、私もむしろそれを丸写しすれば、粗筋も深い意味も全部お伝えできるものだと感じる。だが、ここは小説の粗筋を教える場所ではない。むしろこの小説を読みたいと思って戴きたい場所である。
訳者によると、本作品は、アンのシリーズの中でも珠玉の作品なのだという。確かによくまとまっているし、無駄がない。アンの悲しみも描かれているが、それがただの悲壮感としてここにあるわけではない。泣き崩れはするものの、そこから突き抜けてゆく何かがちゃんと用意されている。その描き方が、またいいのである。
ただ、訳者の解説でハッとさせられたが、本作品には、子どもが基本的に登場しない。シリーズの他の作品には見られない特徴だというし、指摘されて初めて私も気がついた。だから、この本は、より「おとな」の物語なのである。
そもそもアンのシリーズは、子ども向けのものではない。当時はいまよりも難しい言葉で若い人も読んでいた、という事情を別にしても、いまはこの英語を読むのには、大学生くらいの学力や知識が必要なのだという。それは、この「ノート」を見ても一目瞭然である。
そういうシリーズの中でも、より「おとな」の物語は、アンとギルバートの新婚生活があるせいでもある。しかし、タイトルにもあるように、夢の家と呼ぶその住まいにより、新たな人との出会いがふんだんにあり、それらの人々との交流がたっぷりと描かれていて、また新鮮である。特に、ジム船長の持ち味は、この物語の大黒柱と言えるものであろう。船乗りの話としてもそうだが、最初のマシューのように、年老いた男性の包容力のある、しかしどこか頑固一徹したものを有する強さと優しさというものは、かけがえのない光を輝かせるものである。
それにしても、物語だけで文庫本400頁、そして「ノート」と「訳者あとがき」とで100頁あるものが、文庫ではあるが、発行当時670円とは安く感じる。そこから5年を経て購入した私は、その後の物価の上昇に悲鳴を上げたくなるほどである。
さあ、次が待っている。全部読むのがもったいないと思う一方、早く読みたいという、本好きの方々が共通に抱く悩みを、私もいま複雑な心の中に有している。しかし、次はもう手に入れているのだ。

た
か
ぱ
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