本

『風柳荘のアン』

ホンとの本

『風柳荘のアン』
モンゴメリ
松本侑子新訳
文春文庫
\750+
2020.1.

 全8巻の、新しい全訳としての赤毛のアンのシリーズも、これで半分が終わった。第4巻である。但し、モンゴメリの執筆順からすれば、これはかなり遅い時期であるという。最初の2冊は、ほぼ同じ時期であったが、第3巻はそれから6年後。そして物語の内容からして第4巻になる本書は、そこから21年も経てから発行されている。他方、そこから2年後に第5巻が生まれているので、後から本書はアンの人生の間に挟まれたものとなっている。
 時期的には、アンは本書では22歳から25歳。サマーサイド高等学校校長としてのアンの足跡を辿るが、それよりもやはりここはギルバートとの関係が最も華々しいと言えるだろう。前作で二人の思いが重なり、いわば婚約期間を本書が彩る。ギルバートは、レッドモンド大学医学生となり、医者への道を歩んでいる。そこで、物語はまず、アンからギルバートへの手紙という姿で始まる。
 このときアンの住むところが、「風柳荘」である。「ウインデイ・ウイローズ」とカナが振られている。村岡花子訳に敬意を表して、元の訳のままに新訳を発行してきたが、本作は、従来の『アンの幸福』を、原題のままに訳し直した。これはアンが住む下宿の名である。
 後で「訳者あとがき」で解説しているように、この訳は、「風」というイメージを重んじたためだという。それは、モンゴメリが愛した小説『北風のうしろの国』というファンタジーにも関係させるためであるという。この作品は、20世紀初めに亡くなった、スコットランドの作家ジョージ・マクドナルドの名作である。この物語に登場するキャラクターに模したような登場人物が、本書を駆け巡る。
 訳者が他の箇所でそのことに触れていたのを、確かどこかで見たのだと思う。私は本書を読む前に、その『北風のうしろの国』を読んでおいた。図書館にあったが、450頁を超える作品であり、ずっしりと重かった。だが読みやすく、そのイメージを心に宿したまま、本作品を読んだので、やはりよかった。これから本作品をお読みになる方には、この読む順序をお薦めしたい。
 先に、ギルバートへの手紙から始まった、と言った。実に長い長い、それ自体が小説であるような手紙であった。他方、ギルバートからの手紙も、そう長くはないが掲載されている。モンゴメリは、時折そうした手紙を「抜粋」と称して、粋な演出をしているが、抜粋でなければ、とめどもない愛の言葉が並んでいたのかもしれない、と思わせるには十分である。
 また、すべてが書簡であるわけではない。アンの出会った様々な人のエピソードが、所狭しと鏤められてくる。これも訳者の解説によるのだが、モンゴメリは、実に多くの短編をも描いている。そのうちのいくつかを、エピソードとして本作品の中に差し挟んだ、というのである。もちろんアンにまつわる物語として、出会った人のこととしてだが、そのために、必ずしもストーリーがすべてつながり伏線化するようには見えず、その都度小話が紹介されるようなふうにもなっている。それもまた、読者を厭きさせず愉しませるためには、良い効果を出しているように思える。モンゴメリは、長編もさることながら、小さな逸話をもまた、ストーリーテラーとしての才覚を遺憾なく発揮している。
 危機的な事件もあるし、どうなることやらとハラハラさせることもいる。その度にアンは成長する。失敗も、相変わらずあるのだが、結局は安心できるところに落ち着いてゆく。そしてこの後、ギルバートとの新婚生活へと続くのだ、という形で、ロマンチックに幕を閉じてゆく。
 初めにご紹介したように、実際には、結婚の話が先に書かれており、当時の読者は、すでに20年ほど前に描かれたところへ、スムーズに接続させることとなった。まるでスピンオフである。いま私たちは、アンの時代順に読むことができるし、シリーズの編集もそのつもりで順番が振ってある。ある意味で幸せな読み方であるのかもしれない。
 なお、本書もまた、略すことなく全訳を完遂しており、70頁を超えて、細かな「ノート」という注釈が施されている。私はこれが楽しみである。今回も、もちろん英文学やスコットランドの文化の紹介が多いが、聖書の引用や参照も多々ある。さすがにクリスチャンには周知のものが多いだろうと思うし、もう少し突っ込んだ解説が、教会関係者ならばできる場合もある。だが、それはこの注釈の価値を低めるようなことはしないだろう。これだけのことを調べて提供してくれる訳者には、ただただ敬服するばかりである。




Takapan
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