『炉辺荘のアン』
モンゴメリ
松本侑子新訳
文春文庫
\800+
2021.11.
赤毛のアンのシリーズを8冊だとすると、その第6弾となる。だが、実質アンの生涯を正面から描くものとしては、最後のものとなる。つまり、アンを主人公とするものとしては、これが最後となるのである。史かも、すでに本巻でも、アンの子どもたちの姿が中心になっているように見える。6人の子どもたちそれぞれについて、生き生きとしたエピソードが、本巻には含まれる。
それはある意味では、まとまりのないようなものとなる。だが、すべての子どもの中に、アンが貫かれている。その意味では、やはりひとつの織物となっている。
モンゴメリは、アンの他にも、たくさんの小説を発表している。そしてモンゴメリは短篇小説に於いて優れた手腕を発揮している、ともいう。そうなると、本書の子どもたちのエピソードも、短編の魅力を持っているものだ、と理解できる。あるいは、それぞれの短編が、この中にまとめられたのだ、というようにも考えられる。
村上春樹も、他で発表した短編を、適切なアレンジして、名作となる長編小説の中に組み込んでいることが度々ある。一つのモチーフが、長編となる物語の中につながる場合があるのだ。モンゴメリは、もちろん村上春樹より以前の人である。第二次世界大戦の終わりを知ることなしに、1942年に亡くなっている。牧師館の一室で綴る日々が多かったとは思うが、本書は少し違う。夫であるマクドナルド牧師が、すでに隠退していたからである。また、年齢からくる自分や夫の不調にも悩まされていたという。
モンゴメリは、本書を仕上げた後、しばらくして他界している。アンの成長の段階とは異なり、アンの生涯の途中に差し挟むのではあるにしても、最後に執筆したことになる。
さて、いつもながら、この訳者松本侑子氏は、もうそれだけで独立した読み物となるような、「訳者あとがき」を本書にも置いてくれている。凡ゆる情報はここにある、と言ってもよい。物語の粗筋から見所、上に記したモンゴメリの生涯や執筆の背景にあるものなど、多岐にわたるレポートがそこにある。自身、幾度行ったか分からないアンとモンゴメリの土地から、いくつかの写真を提供している。並の研究者では、これだけの資料を揃えることはできないだろう。何よりも、そこにこめられた愛情というものが、そこに輝いているのである。
子どもたちのことばかり書かれているようではあるが、最後に控えた、アンとギルバートとの逸話は、ハラハラさせながら、ほっとさせてくれる。こういうことも2人にはあったのだ、という思いと、それだけのことでこんなにも心が乱れるのだ、ということを思うと、現代人が如何に狂っているか知れない、というふうにも思えてくる。
また、牧師夫人として、これまでキリスト教の内部のことについてたくさん描いてきたモンゴメリであったが、本書では少し厳格さが和らいでいるようにも見える。メソジスト教会への批判は、牧師夫人時代の長老派としての立場が関係していたように思われるが、その後長老派教会とメソジスト教会は、カナダに於いて合同していることもあり、かつてのようにメソジスト教会を悪くいうセリフが盛り込めなくなったのかもしれない。但し、少しではあるが、今度は英国国教会についてちくりと刺すようなセリフを交えている。
とはいえ、訳者が言うように、教会云々というよりも、さらに聖書中心の信仰というものに触れるような描き方をしてきたのも確かである。私も、思わず「おおっ」と心で叫んでしまったが、アンの人生が「生きている使徒書簡」を書くことだ、というところは、信仰のひとつの極みを見たような思いがした。「使徒言行録」は今なお続いており、私たちがそこに描かれている、というような言い方をする牧師がいる。モンゴメリは、アンに於いて、新約聖書の手紙がここに生きて働いているのだ、という姿勢を示していたのである。
こうした信仰の眼差しで読むことにより、アンのシリーズは、格段に生き生きとした命に満たされてくる。
ところで、信仰についてひとつ、興味深い注釈(訳者によるノートのことであり、訳者は謎ときと呼んでいる)があった。それは、第12章の最初の注であるが、「サンタ・クロース」についてである。当時の長老派教会は、聖書に忠実であろうとして、サンタ・クロースはおろか私たちのようなクリスマスも認めていなかったという。だが、モンゴメリの晩年、サンタについてもポピュラーな理解が世に広まってきており、宗教行事でない年中行事としてのクリスマスが一般化してきていたことを説明している。夫が隠退していたことも、こうしたサンタのシーンが書けた理由のひとつであろう、というような意味のことを記しているのだった。
なお、本書の41章には、標題が付いていない。そこで「訳者あとがき」の中でではあるが、訳者が、自分ならこう付けてよいと思う、という勢いで、各章に分かりやすいタイトルを考えて、紹介してくれている。こんな訳者が他にいるだろうか。だからこそまた、私はこの「新訳」が震えるほど楽しいのであり、キリスト教文化について知るひとときを与えられている。訳者はキリスト教徒ではないため、聖書を紹介するにも限度があるが、よく調べて伝えてくれる。モンゴメリがかなり引用するものとして、「箴言」の価値のことは、あまり指摘してくれていないような気がするが、箴言のファンの私としては、アンの物語の中に、実にたくさんの箴言が鏤められていることを、密かに喜んでいる。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド