本

『翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅』

ホンとの本

『翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅』
上白石萌音・河野万里子
NHK出版
\1600+
2022.7.

 NHK「ラジオ英会話」のテキストの連載を集めている。2020年4月から、2年間にわたる連載である。
 それはモンゴメリの『赤毛のアン』の、多分翻訳家の河野万里子さんが選んだ箇所を、上白石萌音さんが宿題のようにして訳し、河野先生に送るというもの。先生はそれに対して、必ず再チャレンジを申し渡す。どこをどう直せばよいか、これこれはこういう意味だ、と指摘して指導する。もちろん、優れたところはまず褒める。教育的配慮からしても、この指導法は非常に参考になる。
 萌音さんは、それを学習して、再び修正した訳を送る。先生は、良くなった点を必ず評価する。その上で、さらに直した方がよさそうな点を指摘し、最後は先生の「試訳」を提示する。翻訳というものは、正解があるわけではないし、完成品が決まっているのでもない。先生のがお手本だというふうに受け取るのはよいが、それが満点であるとか、生徒のよりも必ずよいとかいう意味ではないのだと思う。だが、確かにそれはプロのものである。素人では出てこないフレーズや気づき方が詰まっていることが、実によく分かる。萌音さんは、それに対するレスポンスを一言告げ、自ら発見したことを打ち明ける。
 形式は、このようなものである。読者のためには、最初に『赤毛のアン』のおおまかなストーリー全体を紹介しておく。もし本を知らない人が読んでも、この翻訳しようとしている世界を垣間見ることが必ずできるようになっている。
 このようなことを1か月に二度繰り返すことが、2年間続くのである。俳優、特に舞台の多い萌音さんにとっては、その時間をつくるだけでも大変だっただろうと思う。だが、やり通した。そして、その質の良さには舌を巻くほどだった。
 元々メキシコで小学生時代を過ごしている。そのためスペイン語が生活語であったが、英語ももちろん学んでいる。しかし英語は3つめという意識があったはずだ。
 オーディションで東方シンデレラの特別賞を受賞してからの活躍は世に知られている通りだが、私はその最初の映画のときから注目していた。また、翻訳はひとつの夢であったことや、そもそもものすごい読書家であることなど、背景についても知るところがあったのだが、俳優という仕事は、脚本を演じる上で、私たちには経験できないことをよく知るわけである。翻訳に活かせないはずがない。それが、たんなる英語の知識以上に、この本の中で発揮されている。
 私も、丁寧に読むことにした。軽く読まず、書くには至らないが、私も訳すつもりで挑戦し、萌音さんの訳を見、それから一緒に先生のアドバイスを受けるというようなことで、一項目を15分くらいは必ずかけるようにして読んだ。それがよかったと思う。
 的確なアドバイスは、普通に英語を授業で行うことのある私にとっても、大変訳に立つものだった。英語の読み方もさることながら、日本語の大切さを改めて知るものとなったのである。
 そこで、強い思いを以て告げたい。これはとても良い本だ。埋もれているのはもったいない。翻訳家だけのものであるかのようにも見えるが、高校生以上くらいの英語学習者に絶対に薦めてよい。日本語でしか文学を読まない人も、きっと感動するだろう。特に翻訳文学を少しでも読むならば、必読とまで言ってもいい。
 いつか、翻訳者というのは、英語を日本語にするだけで自分では何も考えていない、といった無責任な投稿をSNSで見かけたことがある。それに対して翻訳家が反論していたが、これは反論どころではない。そのような指摘した人がいることは、実に恥ずかしいことだ。あるいは、そのようなとんでもない誤解をしている人を絶滅させるためにも、本書は十分に訴える力をもっていると思う。
 さて、テキストへの連載を終えても、延長線と称して、あと2か月間、この翻訳の手ほどきは進められている。『赤毛のアン』の物語の最後まで、終えていなかったのである。本書には、その最後に至る指導までが掲載されている。もちろん、それまでと形式は全く変わらない。
 そして、いよいよ最後の名場面となった。萌音さんも愛する箇所であり、読者なら誰だって心にぐいと差し込まれるものを感じる場面だ。しかし英語から自分の言葉で訳そうとすると、なかなかうまくゆかない。気持ちが空回りするのか、萌音さんの訳も、いつになくぎこちない。そこへ河野先生は容赦なく、これまでのように愛情を以てでありながらも厳しく改善点を指摘する。そしてこれまでのように、萌音さんは再チャレンジした訳文を提示する。
 本当に、いつもと同じような流れであり、形式的には何も変わったところはなかった。だが、読者である私には違った。まるで違うのだ。それどころか、アンの決意と希望のようなものと、そこに射す光が、萌音さんの訳文から爆発的に拡がって見えてきた。否、説明の言葉を探す間もなかった。私の両眼には、涙が溢れてきて、胸が締め付けられるようになった。萌音さんの訳が、私の心をぐちゃぐちゃに揉み崩したのである。
 その訳には、心があった。その言葉に、命があった。私はどうしようもなく、むせび泣くようになっていた。
 それは、訳者の感性と私の感性がぴたりと共鳴したことを意味していたのだと思う。
 すばらしい本であった。すばらしい、アドベンチャーの一幕だった。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります