本

『アンの愛情』

ホンとの本

『アンの愛情』
モンゴメリ
松本侑子訳
文春文庫
\700+
2019.11.

 松本侑子訳による、初の全訳によるアンの物語シリーズの第3弾である。邦訳としては、『赤毛のアン』がまず、出版社に持ち込まれた意欲的な作品であった。続く『アンの青春』は、ようやく『赤毛のアン』が一社により出版へと認められたときに、続編として描き始められたものであった。作品はたいへんよく読まれたのだが、モンゴメリはその後結婚して、牧師夫人としての生活を始める。長男を出産し、『アンの青春』の数年後に本作品を執筆する中で、また次男を出産するが、生まれてすぐに亡くなるという不幸があった。
 さらに、間もなく第一次世界大戦が始まる。この大戦を踏まえたアンの物語もその後生まれるが、ここに著されたのは、長閑な田園風景の物語であり、それは最初から崩されていない。
 孤児として引き取られたアンは、その豊かな言語感覚を発揮し、学校で才覚を発揮する。友だちや周囲の大人たちにも恵まれるが、アンの失敗はとめどなく続く。学校で最悪の出会いを果たしたギルバートに対しては、許せないという感覚かずっとアンを支配するのだが、勉強のよきライバルとして、友情を育んでいくことになった。  養父となっていたマシューの死により、地元で教師として勤める道へと曲がってゆくが、良き援助に支えられて、本作品ではカナダ本土での大学生活を送る様子が描かれている。設定では、18歳から22歳という時代の物語である。
 ストーリーを紹介するのは、これからの読者の愉しみを奪うことになりかねない。が、期待もあることだろうから、アンが逞しく成長してゆくこと、そしてきっと良いことが待っている、と読み進めて戴いたらよいだろうと思う。
 都会生活で戸惑うアンだが、友だちや周囲の人々との関係は、時に悩みながらも、快調である。賢い女学生として、特別に美人ではないが、鼻筋だけは自信のある若い女性として、アンは男子学生らの目に留まりやすい。幾人から告白を受け、そのうちひとりとは、その家庭とのつきあいも始める。そこには、ギルバートとの関係が隠れていた。
 ギルバートは、最初にアンを傷つけたとはいえ、そのアンのことをずっと好きだった。それでついに告白するが、アンはそれを拒む。それは、自分の気持ちに気づいていなかったということが、読者にはよく分かるように伝わってくるのだが、失意のギルバートはアンのもとを去ってゆく。アンはやがて、そのギルバートが別の美人の女の子といつも一緒にいるのを見るようになり、少し複雑な気持ちになる。
 この隙に、という言い方は間違っているのだが、ロイという、アンからすれば理想的な男性との出会いにより、つきあいが始まったのだった。アンは彼を愛している、と自分では思っていた。それは、どこかギルバートへのあてつけもあったのだろうか。しかし、ロイから正式にプロポーズされた瞬間、アンは迷いを覚える。いや、これは違う、と。
 村岡花子訳が、日本では有名である。しかし、私は最初の『赤毛のアン』の村岡訳を読むに留まった。ところが近年、松本侑子訳が、全訳であること、しかも数百にわたる注釈を入れたということで、こちらを読むことにした。アンのシリーズは、聖書からの引用はもちろんのこと、様々な英文学からの引用がふんだんにあり、また登場する植物や調度品の一つひとつに、深い意味がこめられていることが、その注釈により分かるのである。なにげなく登場する植物に、どんな意味がこめられているか、それを解説する形のこれらの注釈は、物語を実に生き生きと伝えてくれる。私は夢中になった。
 もちろん、それだけの注釈をつくることに、訳者は果てしない苦労を強いられている。もうただのファンという程度ではできない、ものすごく執着した営みであり、限りない時間と手間暇、そして費用をかけて調べているのだ。ただもう敬服するほかない。それで、一つひとつ注釈と比べながら、物語を読み進むのが、実に楽しいと思えるようになつたのだ。
 さらに言えば、「訳者あとがき」がもう完璧である。粗筋と背景、文化的な解説、モンゴメリの執筆事情その他、マニアックと言えるほどの知識を提供してくれているし、自分で旅行して撮影した実際の建物や植物などの写真も惜しみなく披露してくれている。ケルト文化というものを、私はこのシリーズで初めて知ったと言ってよい。
 まだこの後のシリーズは、読んでいない。だが、恐らく本作品が、最もハラハラし、キュンとするのではないか。これからお読みになる方は、どうぞそんなつもりでお読みになるとよいだろうと思う。




Takapan
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