本

『赤毛のアンの世界』

ホンとの本

『赤毛のアンの世界』
M・ギレン
中村妙子訳
新潮文庫
\705+
1987.6.

 いささか古い本だが、増刷され続けているようだ。「作者モンゴメリの生きた日々」というサブタイトルがあり、これはモンゴメリ自身の書ではない。モンゴメリは生涯にわたり文通をしていたが、その手紙が発見されたことから、それを資料として組み立てる伝記を記すに至ったという研究家である。大部の本があるが、これはコンパクトにまとめた読みやすい本として人気がある。しかも日本版には、元々ある豊富な資料写真に加え、イメージも含めた美しい写真を収め、プリンス・エドワード島に旅しているようにさえ思わせる魅力をもっている。
 さて、モンゴメリというと、もちろん「赤毛のアン」のシリーズが有名である。それとまた、日本では2014年のNHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」で一躍脚光を浴びることとなった。少女小説として有名になったこの作品そのものについては、この本では一切触れられない。専らルーシー・モードとしての作者に寄り添う形で、その生涯をたどるばかりである。その生涯とは何だったのか、それは、この文庫の「あとがき」に、訳者が実に的確にまとめている。ゆっくり味わいたいファンは別だが、とりあえず概略を把握したいと思った読者は、この「あとがき」を初めに見ることをお勧めする。ただ、それでは詳細を理解するには至らないから、また初めからじっくりと見ていけばよい。
 通常モードと呼ばれるこの作者モンゴメリは、母の顔を知らずに育ち、心に想像の翼を羽ばたかせる、文章に長けた子どもであったが、自分の思うところを秘めつつもそれを爆発させるようなこともできず、元来厳しい信仰に縛られた中で成長し、ついには牧師と結婚することになるものの、心の内の信仰では自分独自の世界を持っていた、芯のある女性であった。このあたり、筆跡鑑定を頼んだくだりがなかなか面白い。それが的を射ていたようなのである。
 また、綴ったアンの本が好評で、出版社には続編をとせがまれ続けるのだが、モード自身だんだん嫌気がさしていく中で、どこか仕方なくそれを生業としていく様子、それからその出版で訴訟問題が起こるという様子などが、実に人間臭く描かれてもいる。妙に神格化するようなこともなく、等身大の作者の本当の姿が滲み出てくる。それもまた、心通う人への手紙という媒体を集めたが故の強みであろう。そこには本心が漏れている。それを組み立てると、一般的に見られがちな偶像とは異なり、一人の女性としてその時代をどう生きたかが描かれる窓となっていく。
 そう。時代を見ることにもなる。また、その信仰生活などについても生き生きとした資料となるのだが、キリスト教や牧師ということについて馴染みのない日本人が読み進むときには、いくらか注釈が必要かもしれない。ただ私にはスムーズに読めたし、クリスチャンにとっては同様であろう。そういう意味でも、キリスト教文化についての知識は、海外の叙述を読むのに欠かすことができないと改めて思う。
 そこにあるのは、百年前の風景である。この百年の間に、人間の社会や考え方は、ずいぶん変わったものだと感じる。それと同時に、変わらない心というのももあるのだとも感じる。ここにあるのは、特別な人であるというよりも、隣にいてもおかしくないような、心通う一人の女性である。もしかすると、瞬時に届く電子メールではなく、数日をかけて届き、またそれに対して返事をするという、書簡であったからこそ、生まれるような熟した思想や思いというものが、そこにはあったのかもしれない。ひとつの便利さの代償に、人間は大切な何かを育む機会を失っているのかもしれない。今日、この時もまた。




Takapan
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