『推しアンモナイト図鑑』
土屋健(案内人)と14人の研究者
技術評論社
\3600+
2025.7.
アンモナイトは、好きである。北九州にある「いのちのたび博物館」(北九州市立自然史・歴史博物館)にあるアンモナイトの部屋は、まったく厭きない。触れるものもあり、撫でるのも快感である。
そこでアンモナイトだけの図鑑があるとなると、こちらも撫でてみたくなった。カラー写真で構成され、ずっしりと重い。それにしても、「推し」とはなんと軽いネーミングであることか。凡そ「図鑑」の名に載せるに相応しくないのではないか。
小さなサブタイトルに、「研究者14人が胸躍らせる化石たち」という文字が見える。そもそも本書の制作に於いては、研究者たちに、次の2つの質問を投げかけることがそのスタートである。
「あなたの推しのアンモナイト標本を教えてください」
「あなたの推しのアンモナイト話題を教えてください」
こうして、「研究者の熱を感じる"イチオシ"を集め」ることとなったのである。
中生代の化石は、恐竜とアンモナイト。高校入試にはこれでよい。渦巻きの貝の形をしているが、その種類たるや一万を超える多様性があるという。その一部をただ系統的に並べた図鑑はあるかもしれないが、研究者が好きでたまらないアンモナイトを集めたという意味では、これは画期的な図鑑である。104ものアンモナイトは、人の情熱が選んだものなのである。そして、その一つひとつの写真の頁には、「推し人」の名と、デザインされたデフォルメアイコンが置かれている。図鑑の標本の向こうに、人間味が感じられる。こんな図鑑は、見たことがない。
それだけでも凄いのだが、本書にはもっと凄いものがたくさん含まれている。目次に続いて「アンモナイト用語解説」があることでまず心の準備をさせるのだが、それはまだいい。その後、34を数えるTopicなるものが、8つの章毎に振り分けられているのである。これが、学術的に優れた深い内容を伝えてくれ、専門的な知識をもたらす。もちろん、素人にも分かるような書き方である。これが、知らないことばかりで実に愉しかった。
生きていたときの色はどうか。巨大アンモナイトの卵が生態系を支えていた背景。腕は何本か。どんな泳ぎ方をしていたのか。アンモナイトを食べていたのは誰か。なぜ滅んだのか。ヨーロッパと日本とで見方がどう違うか。新種の発見や分類の実情について。研究者が足りないことを切実に訴えている点には、これで興味をもった読者を、ぜひその研究の道へと引き入れたい気持ちが熱く伝わってきた。
石膏模型での研究もあれば、いまではCTスキャンにより3Dプリンタで調査できるようになったという報告もある。これはちょっと惹かれるではないか。それから、何枚もの写真が掲載されているのであるが、大型のアンモナイトをどうやって運ぶのか、ここが実にユニークであった。そういう化石は大抵山奥である。注意深く掘り出すのはいいとして、それをトラックにほい、と載せるようなわけにはゆかない。運搬用のソリをつくり、数人がかりで引きずって運ぶというのだ。やっと車のあるところまで運んだが、さて数百キログラムもある化石である。荷台に載せるのにまた苦労する。博物館に何気なく置かれている大型アンモナイトは、発見についてもさることながら、研究者たちの汗がどれだけ流されているかが偲ばれるものである。
4億年ほど昔から、3億年以上を生きてきたというアンモナイト。地球と生命の歴史の中で、いま化石となって、私たちに時間と空間とについて何かを語りかけてくれる。私たちは、それを聞きとることができるだろうか。人間が、このままなんとかなるとでも考えているとしたら、それは愚かなことだ、と教えようとしているのかもしれない。私たちは本書から、哲学を始めるがいい。
アンモナイトに少しでも関心があったら、本書を避けて通ってはいけない。これは画期的な図鑑である。

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