本

『素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち』

ホンとの本

『素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち』
アーシュラ・K・ル=グウィン
村上春樹訳
S.D.シンドラー絵
講談社文庫
\695+
2000.8.

 空飛び猫のシリーズ第三弾。続けて読んでいくことにより、少しずつ謎が解けていくようで面白い。が、それなりに説明が話の中に入っているので、途中から読んだら分からないということもない。味わいの問題だ。
 今回は、空を飛ばない猫のアレキサンダーが主役どころとなっている。ふとした好奇心から、幸せな家を出たアレキサンダーが、世間知らずから都会で危ない目に遭うなどしていたが、そのときそれと出会うのが、前作第二弾で登場した、空飛び猫たちの父違いの妹であるジェーン。木の上から降りられなくなって困っていたアレキサンダーを助ける。ただしジェーンは口が利けない。年上の兄弟たちとも話ができず、最初は敵意むき出しにしていたのだった。
 この不幸なジェーンの生い立ちを、兄弟たちから聞いたアレキサンダーは、お坊ちゃん育ちのせいか、ずかずかとジェーン自身にも迫って行く。するとついにジェーンは……。
 と、ストーリーのよいところは明かさないお約束ということにしておく。訳者は同じ村上春樹。英語の表現についての解説が巻末についていて、英語学習の上からも親切であるが、なによりそれが、文化の違いについて気づかせてくれるというので、素晴らしい。これがあるだけでも、手にする価値があるのではないか。こんなことを楽しく見せてくれる訳書など、めったにないものだ。
 イラストも多く、絵本の形を呈しているが、話はけっこう分量が多く、小さな子どもは厳しいかもしれない。読み聞かせてもらうとよいだろう。もちろんこなれた訳は定評があり、言わんとしているところをくみ取って伝える、従来あまりなかったタイプの訳し方ではないかと思う。小学生が知らないかもしれない漢字も、ふりがななしでどんどん出てくるのだから、子どもを相手につくったという本ではないように見える。だが、これを子どもに聞かせてほしいという願いはもっているのだと思う。子どもに対してでも、安心して聞かせてあげられるだろう。但し、一つひとつの事件や表現に、かなりの思い入れや意味をこめているようでもあるので、子どもにとり面白いかどうかはまた別物であるかもしれない。
 登場する人間が、この空飛び猫たちに好意的で安全な家族でよかった。物語の中で幾度も触れられているように、こんな猫を他の人間が見たら、捕まえて見世物にして金儲けをするのがオチだ。猫たちにもそれは分かっている。
 この家族のお母さんが、アレキサンダーを気に入った。どうやら、飼ってもらえることになるようだ。この辺りの環境の変化と場面転換は、また次の物語を期待させてしまうではないか。
 今回は、空を飛ぶということはとりわけ意味をもつ場面は殆どなかった。もちろん、猫が空を飛ぶという奇想天外な情況については、最初から誰も不思議がっていないし、いちいちそれに驚く人や猫もいない。
 姿形が違うということは、別に特記する必要のないことなのではないか。
 作者は深いメッセージをこめて物語を書いているらしい。訳者が少なくともそう感じている。それは、こう理解しなければならない、というきまりはない。読者が自由に感じ取ればいいし、自分の中から考えが生まれてきたらいい。だから私は思う。この、空飛び猫を基本として誰も特別な問題にしていないところから、多くの人と違うマイノリティについて、ことさらにそれがどうとかこうとか、言い及ぶ必要もないのではないか。
 今回は、黒猫のジェーンが、そのひとつの壁を打ち破る。世間知らずのお坊ちゃんのアレキサンダーだが、本のタイトルはこれに「素晴らしい」が冠せられている。その辺りの事情についても、物語をお読みになって、目を細めて戴きたい。
 さて、私の手元には、もう1冊ある。次はジェーンが中心だろうか。そこで私は何を感じ、立ち止まるのだろうか。さらに深まる思いに出会えるのだろうか。楽しみだ。




Takapan
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