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『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』

ホンとの本

『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』
中嶋嶺雄
祥伝社黄金文庫
\524+
2010.12.

 きっかけは、三男が、国際教養大学の赤本が欲しいと言ったことだった。英語の出題傾向が似ていると先輩に聞いたのだという。私の予備知識はゼロだった。少し調べると、国際的な教育において独自路線を貫いているらしい。それで、もう少し内実が知りたいと思い、探すとその元学長であろう、思いの丈を綴った文庫があるという。これはおあつらえ向きである。早速取り寄せた。
 手前味噌のような口調が気になる人がいるかもしれない。国際教育が如何に必要かということを訴えるのに、従来のやり方や英語能力のなさについて、これでもかというほどに突いてくることに抵抗を覚える人がいるかもしれない。大学生が全員英語ができなければならないというきまりはどこにもないが、恰も英語ができない大学生は社会で役に立たないかのように聞こえる言い方をしているように聞こえて仕方がないこともあった。もちろん英語だけではない言語も意味があるのだが、英語をとことんやれば他の言語もできていくというような感じにも見えることさえあった。
 だが、国際競争の中で、英語ができるということは、もちろん悪いことではない。そればかりか、この大学ができて以降、本書の主張の正しさを裏付けるように、英語の能力を高めるために、学習指導要領を含め、大学教育などもがらりと変わる風潮になってきた。大学入試も高校入試も、英語についてはスローガンまで変わったし、その大きな変化の一因として、この国際教養大学の主張と実績は、必ずあるものと推測されることが、本書を読んでいくうちに分かってきた。
 秋田空港の近くとしてアクセスは悪くないものの、いわゆる遊び場がない。そうでなくても、英語教育のために、学生は遊ぶ暇もなく懸命に学び続けるのだという。なにしろ、授業がすべて英語だけなのだそうだ。そのために、英語圏の教員を、それも論文実績などではなく、あくまでも模擬従業を通して、教えられるかどうかを審査して採用するのだという。
 学生が、どれほど勉強をしなければならないか。その鑑であるような大学である。そして、それに憧れてこそ受験生が全国から集まるのであり、また卒業生の就職率は100%なのだという。だからこそ集まるのかもしれないが、企業からも即戦力として評判がよいというふうに、本書は述べる。
 とにかく勉強させる。図書館は年中無休なのだそうだ。無休というのは、コンビニエンスストアのように、一日中開いているということだ。こうしたシステムの断行は、従来の路線しか考えられない役人たちにはなかなか理解してもらえなかったらしいが、思い切った措置も、すべて目的と根拠があってのことなのであった。2004年に開学して以来、その理念と現実において自信がついてきたという辺りの2010年に、この文庫のために本書は書き下ろされた。
 その文明論や英語論が、実用的という以上にどこまで信頼できるかは、私は疑問である。だが、これを必要とする学生や企業があるだろうことは、よく分かる。政府も、こうした人材が欲しいはずだ。だから躍起になって、英語能力を高めるための教育システムを構築しようともがいている。そのためにどうぞ活躍して戴きたい大学である。しかし、英語であれどの言語であれ、文化を理解するということと、言語そのものにまつわる思想という点では、英語万能であるかのような決め方はしてはならないと思う。英語は混濁した言語のつくりあげた坩堝のような生じ方をした言語だという見方もできる。決して理想の言語ではないし、まして英語文化が人類に普遍的であって、善なるものだという意味は全く英語の内部には含まれていない。
 一定の人材を生み出すために必要な大学ではあろう。だが、これが普遍的であるのではない。このような英語の学びをしない他の大学があまりに杜撰であるかのように強く言うことは、許されることではないはずである。自分の大学の英語の特色を叫べばよいのである。今時の他の大学の学生がダメだ、というように聞こえるような述べ方が、どうしても気になるのである。そこは、熱意の故の勇み足であったのではないかと考える。あるいは、それこそが本音のすべてであったのだろうか。
 国際的な基準は、アメリカ中心の時代では間違いなく英語であろう。だが、アメリカこそが世界の模範として相応しいという結果は、そこからは証明されない。社会的に、経済的に、そして国際的に、優れた大学であり、優れた学生を輩出していってほしいものである。しかし、できればそこに、哲学が含まれていてほしい。それは、よくビジネス書が口にする「哲学」とは違うものである。経済的な競争に勝つためという特化したあり方ではない、生きるための哲学である。その点では、国際基督教大学に、この大学はまだまだ水をあけられているように感じる。




Takapan
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