本

『9歳の人生』

ホンとの本

『9歳の人生』
ウィ・ギチョル
清水由希子訳
河出書房新社
\1470
2004.9

 どこか爽快な物語。いや、著者の子どものときの実話も大いに含めた形での、フィクション。9歳という時にピンポイントにしかけた思いでの眼差しにより、子どもの視点から見える世界が実に的確に表現されている。
 ソウルの貧民街に現れた親子。主人公はヨミンという9歳の男の子。
 いきなり、ほら吹きのキジョンという男の子に因縁をつけられるが、その場を凌いだヨミンは、逆にキジョンの信頼を受ける。
 身の回りの出来事がワンカットずつ描かれていくことで、読む者を厭きさせない。出会う人の紹介や描写で一つのエピソードが終わっていくこともある。
 ウリムという女の子も実にいい役回りを演じている。金持ちのお嬢ちゃんだが、ウリムのことが気になっている。しかし、とことん女王様的に振る舞うことしかできない質で、ヨミンとは時に憎み合うような言い争いを繰り返す。
 著者は、児童文学を中心に、幾らかの作品を発表している作家であるが、決して多作ではない。無器用な執筆活動であるかもしれないが、その言葉の端々に、輝くような何かを見るような思いがする。
 貧しい地域で助け合う人々、それは決して美談ではないが、厳しい現実の中で、心が通じ合うような一コマが描かれると、ちょっとほっとする。
 なんといっても、「引きこもり哲学者」の描かれ方が、私には気になる。事情を察する間もなく、悲劇を迎えてしまうこの若者は、珍しくこの地域では大学まで行った男なのだが、何をするてもなく役立たずだと思われている。恋はするが相手にしてもらえず、気分にムラがあるためにヨミンの信頼も得られない。
 私自身とはまたタイプが違うにせよ、どこか自分に共通するものがそこに描かれているような気がしてならない。
 時に小気味よく、時にしんみりと話が綴られる。著者はなかなかのストーリーテラーだと分かる。ヨミンもまた、そういう子として描かれている。楽しく読み進んだ小説として、皆さんにもお勧めしたい本である。
 ただ、訳者あとがきでも書かれているように、韓国でのこの貧民街の問題は、国としては決して表に出そうとはしないものだが、決してなくなるものではない。この本は、そうした問題のテキストとして利用されることもあるらしい。十年前に書かれたものも、思い出話なら色褪せることなく、しかも問題点をどのようにでも描ききることが許される。
 私たちもまた、覆い隠そうとしている諸問題に立ち向かう姿勢が必要であろう。真理とは、真理自ら立ち現れてくるものである。私たちはふだんそれに気づかずしばしば真理を見失っているのであるが。
 この物語、映画化され、2005年には日本でも上映の予定だという。楽しみだ。




Takapan
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