本

『九州異世界遺産』

ホンとの本

『九州異世界遺産』
本田純一
海鳥社
\2000+
2024.6.

 海鳥社とは、福岡にある出版社である。何冊か見たことがある。地元に焦点を当てた企画で知られ、創業時には上野英信氏が関わっていた。炭鉱に関わるルポで有名な作家である。
 だから、九州に限った写真集である。本田純一カメラマンの手による、足で集めた写真が詰められている。美しい写真である。
 もちろん「世界遺産」のもじりである。では「異」とは何か。美しい、有用な、少なくともかつてはそうであったと想像する、そうしたイメージで受け取られているであろう「世界遺産」とは「異」なるというのである。そう、こちらは、退廃的な世界である。「廃墟」と言ってもよいだろう。
 ただ地域別に集めて並べたわけではない。いくつかのカテゴリーに分けて、九州を縦断する恰好になっている。カテゴリーを紹介する。「市場・アーケード」「近代建築。産業遺構」「生活・娯楽・大衆文化」「絶景・奇景」「戦争遺構」、そして「神社仏閣・パワースポット」である。
 廃墟と言ってしまうのは、やはりやめておこう。トップを飾るのは、旦過市場。北九州の台所でもあるのだが、本書発行に至る数年間で幾度も大火災を経験している。やっと立ち直ったところへまた火事、というのは実に辛い。古い形で密集した家が並ぶため、一旦火災が起こると、大きなものになりやすい。
 写真には、すべて短いながらも解説が付いている。旦過市場の場合も、その興りや歴史から、火災のこと、しかしまた未来がそこにあるという希望を記している。写真にも時に短いフレーズが載せられており、2022年の火災直後の写真には、「変わり果てた市場の姿を呆然と見つめる北九州市民の姿が印象的であった」と書かれている。
 福岡市の場合、「祇園ビル」が目を惹く。この寂れた裏通りは何だ、というくらい、暗い。福岡市でも最も古いのではないかというほどの、鉄筋コンクリートアパートの写真も大きく掲載されている。不気味としか言いようがないのだが、そこには小松政夫さんが幼いときに住んでいた、というエピソードが付けられていた。
 もちろん、長崎の軍艦島もある。が、特別大きく取り上げることはない。他の場所と同等に、簡潔に触れられているだけだ。熊本の益城のほうに、八角トンネルというものがあることも、私は全く知らなかったし、そもそもここにあるものは、たいてい、知らない。田川の後藤寺バスセンターが2016年になくなっていたことも、知らなかった。ただ、跡地はまだそのままだという。
 糸島の神在神社の巨石は、見てみたいとも思った。神の石として祀られているわけだが、写真だけでも迫力がある。ただ、絶景として、これはすごいと思ったのは、たぶん多くの人がそう思うことだろうが、長崎のりんご岩であろう。よくぞこの途中の細い部分が折れずに、天空の城にもにた形で建っていることだと驚く。そしてこの写真がまた、美しい。
 同じ長崎にある、魚雷発射試験場は、祇園ビルとはまた違った意味で不気味である。戦争遺構として、ここで何が行われ、何のためにしていたのかと想像することで、身が震えるような気がする。佐賀の鶴の岩屋や、大魚神社の海中鳥居など、印象的な風景も見ることができるが、私にとっては、岩戸神社が魅力がある。雲仙にあるという。否、その本家としては、宮アの天岩戸神社であろう。日本神話の故郷である。ここにはいつか行きたい、と強く思う。もちろん、信仰心からではないけれども。
 巻末には、それぞれの写真の地の地図があり、便利。知らないことだらけの写真集は、正に私の中の常識とは「異」なる「世界」であった。こうした異世界を知らずして、いったい人間の何を知っていると言えるだろうか。自分の見識の狭さと愚かさを思い知らされるような気がした。そして、九州だけでこれである。日本全国、世界全体に、いったいどれほど、見聞きしない世界があるのだろうか、と思わされるのであった。




Takapan
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