『九死一生』
小手毬るい
小学館文庫
\600+
2016.1.
タイトルの「九死一生」とは、九割死ぬところを一割の確率で助かるという意味で私たちは理解している言葉である。元々は、ダメなほうに重きがあったともいうが、ともかくこうした慣用句である。だが、物語中で登場するシルヴィアなる女性が、こう言う。「猫ってね、九つの人生を生きるのよ。九回死ぬんだけど、九回生まれ変わるの。別の猫に生まれ変わって、生きるの。だから猫の一生は、九死一生なのね。」
物語には、九匹の猫が登場する。命を全うする話が出てくるが、それぞれ生まれ変わっているのかしら、という思いにさせられる。これらの猫たちは、作者にとってはそれぞれモデルがあるという。どうりで、猫たちの個性を含め、動きもなかなかのリアリティがあるものだ。猫を愛するが故の描写ではあると思う。ならば、公園に住む地域猫については、私にも少しは表現できるかもしれない、と期待できるのだろうか。
物語を全部晒すようなことは、もちろんこの場ではしない。冴子は絵本作家。建築技師の悠紀夫と生きていくことになるが、物語はその前のことから描かれる。全体は16の場面に分かれており、最初は一つひとつが別々の話なのかしら、という気持ちにさえさせる。登場人物が異なり、別の人生を描くからだ。だが、途中からそれらが交差する。つながってくる。そして、これらの物語は一連のものであることが分かってくる。
それぞれの物語には、年号と二十四節気が付せられている。その上で、短く美しい言葉による題が載る。風情を伝えるこの季節と言葉は、アメリカ住まいの作者が、心を日本に置いていることを示すのかもしれない。この冴子もまた、アメリカに暮らすことの多い人物として描かれる。絵本と文学との違いはあれど、作者本人をひとつのモチーフにしているのは確かだろう。出発を作者が大学生活を送った京都に定めていることも、きっとそうだ。そして、もちろん猫との関わりも。
物語の年代は、実は時間順ではない。というより、最初の章が、すべての出来事の結末なのである。次からは、1982年に始まり、2007年の決定的な出来事までを、ほぼ時間順に流してゆく。例外が、ひとつあり、冴子が生まれた頃のことが回想的に記されたところである。この辺り、実際年代によく注意しながら読んでいく必要があるが、この例外については、読者は戸惑うことはないだろうと思われる。
それよりも、私が少しもやもやしたのは、最初の結末である。物語として最後に登場するのが2007年、そして冒頭が2011年と3年半のブランクがあって、いわば後日談のような様相を呈する。普通なら、これは巻末に置くことだろう。だから、それをいきなり最初に見せてしまうというのは、作者としては相当計算してのことであろうと思う。愛猫プリンとの関係を強く描く冒頭の箇所は、作者が一番思い入れの多い場面であるのだろうと思う。そして、そこへ至るまでの冴子の思いの詰まった人生、そこでの人との関わり、否猫たちとの関わり、それを塗り絵の線を塗りつぶしていくように、残りの大部分で辿っていくという構成なのだろう。冴子の思いの丈を十分受け止めた上で、その背景を知っていくという形は、作者が選んだ最善のお膳立てであるはずである。
だが、私はそうでなく、冒頭を最後にもってくる選択肢もあっただろうと思う。これからどこへ連れて行ってくれるのだろう、と読者は冴子と共にドキドキしながら歩む、その感覚も味わってみたかったように思うのだ。
ただ、本の帯も明らかにしているから引用をお許し戴きたい。また、そもそもその冒頭の章より先に、1頁ではあるが教訓的に記している最初の文章は、そんな私の個人的希望を打ち砕くような言葉から始まっている。「もしもあなたが誰かを本気で愛したら、行き着く先には悲しみがある。悲しみ以外のものはない。待ち受けているのは、悲しみだけだ。なぜなら、あなたの愛した者は死ぬ。必ず別れのときがやってくる。この世と、あの世――あるのかどうかもわからない――に引き裂かれ、もう二度と会うことはできない。たとえあなたが先に死んだとしても、この理に変わりはない。あなたは死ぬ瞬間、別れの悲しみに呑み込まれる。愛する者を残して死にたくないと叫び、濁流に逆らい、むなしく手足をばたさかせる。そんな、虚空を掴むような悲しみだけが待っているとわかっていながら、それでも誰かを夢中で愛したあなたは、報われる。なぜならあなたには、それ以上大きな悲しみは訪れない。あるいは、こうも言えるだろうか。残されたあなたの残りの人生には、もう、いかなる悲しみも存在していない。(段落替え)私にそのことを教えてくれたのは、一匹の猫だった。」
抽象的に言えばこうしたことを、具体的に辿ったのが、この物語であったのだ。人間の子どもを一切捨象して、物語はひたすら猫をその対象にした。それは、ひとつの可能性としてもちろん美しく、存在価値のあるものである。だが、人間の未来というものに対して、何か閉ざされたものを突きつけられるような気が、しないでもなかった。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド