本

『一両目の真実 福知山線5418M』

ホンとの本

『一両目の真実 福知山線5418M』
吉田恭一
エクスナレッジ
\1470
2006.11

 2005年4月25日午前9時18分ごろ。兵庫県尼崎市を走る上り快速列車が、脱線事故を起こした。
 カーブを曲がりきれず、時速100kmを超えるスピードで転倒した列車は、目前のマンション「エフュージョン尼崎」に衝突し、一部は一階の機械式駐車場に突っ込んでいった。
 世にいう、JR西日本福知山線列車脱線事故の発生である。
 鹿児島本線が博多を通るほどに名前とは直接関係がないけれども、妻の実家のある福知山の名のつく事故である。また、近辺を知る者の一人として、無関心でいることはできなかった。私とて、日々列車を利用しているではないか。
 鉄道専門家もやむなくマスコミ取材に呼ばれ、何かを喋らなければならなくなる。推測で報道が進み、一定のイメージが作られていく。また、このニュースが届いても遊興を捨てきれなかったJR職員がやり玉に挙がることもあった。
 だが、いったい現場はどうであったのか。何が感じられ、何が問題であったのか。これを適切に語れる人は、当該列車に乗り合わせた人の中にしかいない。だが、鉄道に対する専門的知識がなければ、どれほどの理解が可能か知れない。物理的公式に与えられたデータを代入しただけの、133km/hでないと脱線しない、などというJR側の主張に、論駁することができないのだ。
 ところが、ここに、その人がいた。
 一両目に乗っていた著者は、かなりの鉄道知識のある人だったのだ。もちろん重症を負い、長い入院生活を強いられた。それで、事故からしばらく、発言ができるような状態ではなかった。
 また、知識があったとしても、それを的確に表現できる才能があるかどうかは、別問題である。しかも、幾多の報道の嵐の中で、適切な証言としてものを言うためには、ただの素人では難しかったかもしれない。
 この著者は、在阪の放送局に勤務し、鉄道に関する著書まであるという。この人が、自分のWebサイトに綴った、事故の記録に、加筆修正してできたのが、この本であるという。
 ひどく専門的な叙述があるわけでもない。文字もゆったりと配置され、読みやすい。そして、文章も分かりやすく、読み手をぐいぐいと引っ張ってゆく。洗練された文章である。いや、なによりも、そこに書かれたのが「真実」であるということが、読者の心を掴んで離さない秘密であるのかもしれない。
 何がこの事故の問題点なのか。
 どこが嘘であり、ごまかしであるのか。
 現場で見たものと、報道との違いは何か。
 専門家たちは、何を根拠に計算したデータを表に出したのか。
 これらが、この本によって明らかにされる。
 これはぜひお読み戴きたいと皆さまに申し上げたい。この事故に関心がありませんと言える人は少ないだろうと思う。列車に乗る機会がある人、そうした人を家族にもつ人、近くを列車が通る場所に住んでいる人、踏切を渡る機会がある人、はたまたどこかで列車事故に遭遇するかもしれない人、つまりは殆どの人が、この本により何かを得るだろう。あるいは、企業というものの空虚さと無責任さはどこからくるのだろう、と疑問をもつ人も、ヒントがたくさん隠されている。さらに、マスコミの報道ではどこか釈然としない人は、この本によって、この事故が何であったのか、すっきり分かることだろう。
 この本の印税は、交通遺児を支援している団体に全額寄付するのだという。これも、なかなかできることではない。たぶん、あの団体だろうと思いつつ、私は思いきり、この本を宣伝したくなった。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります