『イチから考える 哲学のふしぎ』
清水将吾
汐文社
\1800+
2026.2.
70頁のハードカバーであり、文字も大きいし行間も大きい。我が子から買ってと言われても、親としては渋るかもしれない。
子どものための哲学である。というと、永井均の本が頭に浮かぶ。そう思っていたら、巻末の「解説と本の紹介」という、著者によるまとめの中で、やはり永井均が紹介されていた。
各頁の下3分の1ほどは、元々文字が置かれないようになっている。時折イラストが入るが、だからこそなおさら、本書の中の文字数は少ない。しかし、すいすいと読めるとすれば、書かれてある思想や背景を知っている者くらいであろう。一つひとつ考えさせる問いが居並ぶものだから、そういう思考に慣れていないと、ちゃんと読もうとするならば、丁寧に読む時間が必要になることだろう。
本書には、テーマがある。そのことは、表紙にもはっきり書いてある。「もしも、みんながうそをついたら? 」というものである。さらに、「〜いい、わるいのふしぎ」とも書いてある。
とにかくまずは、「いい・わるいについて、哲学をしてみよう!」というところから始まる。「いい」とか「わるい」とかいう言葉を私たちは使う。しかし、それがどういうことなのか、考えてみよう、というのである。
使う例は、子どもにとりきっと分かるものだ。「友達の宿題までやってあげちゃう」ことが「いい」のか。「信号が赤で、車がぜんぜん来ないときに、道路をわたる」のは、「わるい」ことなのだろうか。2017
いろいろな問いを思い浮かべながら、問題を少しずつ深めてゆく、思想の旅が始まる。思いついた説を挙げることで話が展開してゆくのだが、もちろんこれは筆者の思惑である。まるでソクラテスの問答を、一人で演じているかのようである。
先ず、「いいことっていうのは、人がよろこぶことなのかな?」から。だがある例を示して、「うそをついている人は、人がよろこぶことをしている」という事実を見出す。しかしそれは、そもそも「うそをついてはいけない」というルールがあるからなのだろうか。いやいや、「うそも方便」という例があるぞ……。
こうして、「わるいこと」についても問う。人がいやがることをするのが「わるいこと」なら、医者が注射をするのも「わるいこと」なのだろうか。こういう例は、子どもに寄り添った、なかなかよい話の展開であると言えよう。
話は先にも出た、「うそ」にまた戻るのだが、「自分のためにうそをついてはいけない」というルールなのだろうか、と考え始める。
こうして章が変わり、そういう「ルール」の存在を意識し始める。サッカーでボールを手でひろってはいけない、というルールがあることを例にして、しかしフィールドの外では手で拾うのだから、ルールがあるとかそれを破るとかいうのは、必ずしも普遍的なものではないようにも思われる。「うそ」にしても、「うそをついてもかまわない」という場合を想定することができそうである。この辺り、カントの道徳法則を意識していることは明確である。そして、カントが絶対的に嘘がいけない、というあの評判の悪い言い方について、疑問を呈していることも分かる。
そこで、次の章では、逆説的に、「ルールがあるから、それをやぶるようなことができるようになっている」という観点を得るようになる。ルールがあるからこそ、自由がうまれる、という導き方がなされるのである。
本文には、ところどころ、太字になっていて、薄いオレンジ色のマーカーが付せられている文がある。一定の結論や主張がなされるときに、文を目立たせている。これは、本文の中で要旨として抜き出すときに必要な「命題」である。一度話を読み終わった後に、その「命題」だけを拾い読みすれば、論の展開と要点をすべて辿ることができる仕組みになっているというわけだ。
最後の章は、「いい人」と「わるい人」についての問いかけである。概念としての善悪ではなく、存在者の善悪を問うていることになる。これもいろいろ問いながら、その「いい人」と、先に考察した「自由」とがつながってくるのが、つながってくる。このとき、物体としての存在者の「いい」ことと、人という存在者の「いい」こととが違う点を明らかにしてゆく。
自由の証明というのは、哲学的にも難しい。本書も、それを証明しているとは言い難い。だから、善悪の定義を完成するより先に、「君は自由だ」と宣言することで、ある意味で自由を証明してしまったかのような形をとっていることが、本当に「哲学」であるのかどうか、私は怪しいと思う。あれやこれやと考察する深みは間違いなくある。普通の本とは明らかに違う。だが、ここで出た結論がひとつの真理であるかのように見せてしまうのは、必ずしも「哲学」の本質ではない。ただ、ソクラテスの対話篇は、やはりこのような型式をとっている。だから本書は、ひとつの独り対話篇でもあるのだろう。
巻末で、本書で触れてきた問いの数々が、一つひとつ倫理の立場、主義を示している種明かしをしている。また、それについてちょっとだけ本を紹介している。それらは、子どもには難しいことだろう。そのことも、著者本人がちゃんと断りを入れている。一定の理解のある大人が、上手に導いたら、本書はかなり有効な、「哲学」を生むためのきっかけになり得るものとなるであろう。

た
か
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イ
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