本

『18歳からの格差論』

ホンとの本

『18歳からの格差論』
井手英策
東洋経済新報社
\1000+
2016.6.

 若い人のために書かれたもので、経済のもたらす社会への影響が分かりやすくまとめられている。ハードカバーである点を除くと、見かけは教科書のようだ。文字の大きさや配置、やたら大きなイラストやフォントなど、教科書に似せたものであることを意識しているはずだ。敬体で語りかけるような文体もそうである。学校の教科書になじんでいる世代ならば、抵抗なく読んでくれそうな、そして読ませられそうなものとなっている。
 経済理論の説明でもなければ、経済学への導きというものでもない。この社会で生活するかぎり、避けられない、お金というものの価値について考えてみようというふうに見える。ただ、それには著者自身の体験が背景にあって、にじみ出てくるという点も、これがたんに理論ではなく、生活経験をしてきた人物からの切実な訴えであることが伝わってくる。経済的に豊かでない生活を強いられてきた中で、お金について親から教えられたこと、また社会で受けてきたことが、バックボーンとなっている。詳しくは本書に明かされているのでお読み戴きたい。
 タイトルにあるとおり、テーマは「格差」である。格差とは何か、について哲学的に説き明かすつもりはあまりないらしい。とにかくこの社会、現に格差がある。格差が大きくなっていると言われる。その「言われること」について、小さな政府としての政策に基づくことなど、一定の裏打ちをした上で、それを是正しようとする、「ばらまき」と言われることについての抵抗感も本書全般に響いている。富裕層と貧困層とで対立するような図式を作るのは社会にとっても当事者にとっても得策ではないという。だから、そのどちらにも何らかの還元をしようという提案も加わる。つまりは、富裕層にも何らかの還元がなされるように発想を転換して、互いに不平や不満が出てこないようにすることを願っているというわけである。
 やたらレッテルを貼り、自分と異なる立場の人々を卑しめるのが目的ではない。互いにこの社会で、いってみれば、仲良くできないのか。しかも人々を聖人君子にするためではなく、それぞれの願いや想定に沿うことを鑑みつつ、どちらも一定の満足を示すことができるような社会は作れないものかと自問している。
 それは、世代的な対立においても言える。老年代の飾らぬ本音と、若い人々と政治とを結びつけるものと、どうしてもひとつにまとまりそうにないものを、同じ社会に生きるものではないかと言い、問いかける。その勇気に脱帽する。それは著者の思い入れでもあり、しかしまた、経済学を学び、社会で活かし、また大学にて指導する立場にいる者として、厚みのある訴えとなっている。決して、たんなる思いつきや信念でしかないものというものではない。
 私はその経済的価値を量る知識を持ちあわせていないが、たしかにどこか理想論でもあり、またたとえそれを実現したからと言って、劇的に社会が改善されるということもないのであろうと思われる。しかし、目先の経済的思惑で世を動かしている投資家や政治家の計算する程度のことではなく、経済に人が支配されることよりも人が経済を利用しようという方向付けを若い人々に問いかけるというのは、心地良い。そうあるべきだろうと感じる。その意味で、著者も十分に若い。
 その視野は、お金が人の価値を決めるものではない、という、著者の強い思いがあるからだろう。お金は人生の一部であって、すべてではない。だのに、それがすべてであるかのように思い込む、否思い込まされる社会となってはいないか。これは、大人こそ、聴いて考えるべき事柄であろう。だから、「18歳からの」としているのだろう。つまり上限はない、ということである。
 ただ、私は、経済の理論的な部分に触れたところはそうかもしれないが、全般的に、中学生あたりに読んでもらいたいものだという気がしてならない。せいぜい、高校生になったらぜひと思うのだ。そのためにこそ、教科書の擬態をしてまでも、これだけの本を制作した意義があるというものではないのか。しかし、もしこの「18歳からの」という意味が、読者の年齢層を言うのではなくて、一部の例外はあるにせよ、社会人として認められ得る年齢として、あるいはまた、選挙権が与えられるようになった18歳という年齢として、意識された付けられたものであるとしたらどうか。これは何歳が読んでもよく、選挙をする立場になったら、ここにある内容を考えて候補者をにらみ、投票をしようという呼びかけであるかもしれないという気がしてくる。「みなさん」としか呼びかけていない読者の年代よりも、実際に世の中を変えることのできる選挙に参加できる年代の意味ではないのか、と私は思うのだが、実のところどうなのだろう。




Takapan
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