本

『14歳のための時間論』

ホンとの本

『14歳のための時間論』
佐治晴夫
春秋社
\1700+
2012.1.

 中学生を対象に、時間論を展開する。説明は丁寧だし、語りかけるように綴られているので、読みやすいと言えば読みやすい。しかし、内容に手抜きはない。物理学の先端的な知識を含みつつ、時間の不思議について追究するという企画である。
 全体は7つに分かれている。一週間で語り告げるという設定である。これは、超ひも理論を高校生の娘に話すという『超ひも理論をパパに習ってみた』も同じ形式であった。科学の先端の理論は、一度に全部を理解していこうというのは難しいようだ。それを一週間くらいで区切りつつ伝えると、段階を追ってなんとかうまくいくらしい。
 さて、時間とは何か。問い始めるところからスタートするのだが、これについては、アウグスティヌスの有名なくだりがある。知っているつもりだがいざ語ろうとすると分からなくなる、というようなものだ。これを踏まえつつ、著者は、過去や未来、そして永遠という視座の中で、時間を問おうと構える。中学生にも何かしら響く問いかけであるだろう。著者は、物理学者。とくに「ゆらぎ」に詳しい人で、これは後でこの本においても中心部分に現れることになる。
 時間といいつつ、人間は、それを実は空間化して捉えてみたり、喩えてみたりしているということは、少しばかり時間論をかじった者には常識であるが、ここは相手が中学生、そのあたりから丁寧に話す。そこに、不可逆性が入りこむと、やがて次元という概念を加え、宇宙論も加えながら展開するが、話がどうもあちこち飛びつつ進むように感じる。どっしりと一つのことに腰を据えて追究していくというやり方もあるだろうが、ちらりちらりと目先を変えて様々なものが登場するので、話としては面白いが、しょせん何も解決しないままにあちらこちらに連れて行かれるような気がしてならない。パイプオルガンも操る著者であるというためか、音楽、とくにクラシックの世界も突然に紹介されるなどして、ステージとして楽しませてくれるのはよいのだが、さて、理論で構えている読書にとり、時に芸術的・感覚的にはぐらかされるような気がしないでもない。
 もちろん、数式を展開するわけにはゆかない。従って、できるだけ身近な例や喩えをも含め、物理の世界を体感させるような工夫がしてあることはよく分かるし、そのために様々な仕方で説明が及んでくるのも尤もだろうと思う。
 やがてリズムの大切さが言われたり、お得意の「ゆらぎ」の説明が続いたりして、時間の不思議にまた戻るようなところが見られる。結局、「いま」に集約されていく時間論となっていくのであるが、相対性理論も含めあまりにいろいろな理論や実例、芸術的感覚などが飛び交ってきたために、狐につままれたような気持ちもしてくる。
 理論的であるのはあるのだが、示し方が幾分詩的なのだ。とことん理屈でそのことを伝えようという務めを果たすというよりは、著者は、象徴や謎をぶつけてきて、あとは感じてごらん、というように投げかけてしまう傾向がある。芸術を味わうことを求めさせるかのように。そういうわけで、何がどうしてそのような結論に至ったのか、すうっと読んでくるとよく分からない。筆者の意図をうまく味わいながらじっくり揺られてくると、同じ波長を感じて意図を汲み取ることができるのだろうが、それを外すと、どうしてこういうところに来てしまったのか、よく分からない感じがしてしまうのだ。
 著者は、全国の学校を巡り、演奏をしながら、こうした物理の授業をしているらしい。そうだ。これは講演なり授業なりで語られていくと、きっと楽しいのだ。飽きさせないいろいろな話が登場し、その都度へえと思わせる。そして話の全体の雰囲気から、最後のまとめが体よくまとまる。そのようなつもりで読めばよかったのだ。これがただ文章となり、本となったとき、つまり読み返しも可能な形で突きつけられたとき、どうしてかなと戸惑いが起こるというのは、その通りなのだ。
 そういうわけで、これは後戻りなどせずに、すうっと講演を聞いているものとして読めば、十分楽しいものである。そして、中学生限定などというつもりは著者もないようで、14歳だったことのある方はみなさんどうぞ、と誘いかけている。時間というものについて、いろいろな考える要素があるということ、また時間を捉えるための考えのヒントがたくさん詰まっていることは間違いないので、それぞれの中から自分にとり気になる考え方や、自分の知らなかった見方などを経験していくと、有意義な本となるであろう。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります