本

『12の怖い昔話』

ホンとの本

『12の怖い昔話』
スーザン・プライス
安藤紀子ほか訳
長崎出版
\1365
2009.5

 上品なハードカバーは、たしかにちょっと怖さを秘めている。黒っぽくてちょっと見たときには分かりにくいが、気味の悪い絵が表紙に隠れている。ヨーロッパ中世的な趣味の装丁。はたして、ストーリーがそうである。
 小さな本だ。薄い本だ。すぐに読み終えることができる。だが、ぱっぱっと読み終えるのはもったいない。一言一言、その背後にどんなハートが見えてくるか、十分考えながら読むことをお勧めする。昔話には、無駄がないものだ。この昔話もまた、小さな部分までが必要なものとしてそこに置かれている。短編の王道を行くものである。
 古くさい題材で、古くさい伝説を集めたような本である。だが、この日本語訳は、まだ著者が50歳少々という時のものだし、第一この本が最初に出版されたのは、著者が30歳になる前のことなのであった。見事に古き姿をまねることに成功したと言えるだろう。
 物怖じしないメアリーの話に始まり、影を切り取るあたりのリアルな表現に驚き、要領のよい奴がうまいこと人を──時に悪魔や死に神を──利用して、欲を叶えていく、ある意味で庶民のささやかな願望がそこに生き生きと描かれていることに気づく。月は何故満ち欠けるのかに答えるようなおとぎ話や、浦島太郎を彷彿とさせるような古城の話、犬と幽霊の話はちくりと胸が痛む思いがしたし、死のない国は黙示録ではなく、このような形で登場できるのかと感心もした。寓話のようでもあり、何かしら教訓を感じさせるものばかりである。
 また「真夜中の訪問者」は、ブラック・ジャックの中に同じ題で同じようなモチーフで描かれた作品があるのだが、手塚治虫がこの本を読んでいたというよりも、古来イギリスにはそういう伝説が様々な形で遺っていたに違いないと私は思う。幽霊や死に神の話が連続し、天国の鍵を預かるペテロがどこか呑気に登場する。
 このアナクロな雰囲気を楽しもう。そこには人生訓がある。中世的なものを超克したと勝手に思い込んでいる現代人が、実は昔の人より感覚の点で後退しているということを知る経験をするとよい。つまりそこには、人生のある真実が描かれているのだ。あまり有り難がらなくてもよいが、十分な尊敬を払って一つ一つのストーリーに気を配り読み終えたいものである。
 奇想天外な発想に驚く。いや、たぶん笑ってしまう。それがストーリーというものだ。それが昔の人の世界観であった。そこには回帰すべき世界観があるかもしれない。いやいや、それさえも否定したほうがよいのか。つまり、ただ読んで楽しめば、それでよいのかもしれない。これは、楽しめる本であると言ってよいと思う。




Takapan
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