本

『十歳のきみへ』

ホンとの本

『十歳のきみへ』
日野原重明
冨山房インターナショナル
\1260
2006.4.

 2013年に入っても、55刷を重ねている、ロングセラーである。ターゲットはタイトルにある通りに、10歳ではあるが、もちろん限定される必要はない。大人が読んでも一向に差し支えない。
 あまりにも有名な、百歳を越える現役医師。この本は、著者が94歳の時点で綴っている。88歳にして始まった、各地の小学校の訪問の際に話した内容が、しだいに固まってきて、まとまった本になった、という感じであるらしい。
 つまり、子どもたちへのメッセージを、講演を聞くことのできた人に限らず、広く誰にでも、という企画なのだ。そして、それだけの価値のあるものとなったことは、言うまでもない。
 語ることは、自分のことから。自己紹介は、子どもたちに対して必要である。しかし、いつまでも老人の思い出話だけを聞かせてはいられない。子どもたちに、「寿命」とは何かを問いかけるところから章立てが始まっている。そして、人間全体へ視点を移す。子どもたちは、目を輝かせて聞き入ることだろう。
 そして、再び自分のことに戻るが、それは子どもたちと等身大の10歳の辺りである。ここもうまい。問いかけをしておきつつ、共感できる立場の自分を示す。しかしそれは、決して気取った優等生ではない。確かに勉強は頑張ったし、よくできた一人ではあるのだが、必ずしも「よい子」ではなく、頑固一徹で今の子どもたちの目からすればひどいと思われるようなこともやったことが告白され、親近感すら増すことだろう。しかし、そこには家族に育まれていることの感謝や喜びが綴られている。
 これは、十歳くらいの子どもたちにとり、芽生えた感覚を肯定する、とてもよい内容となっている。へたに中学生あたりだと、家族への反発から拒否する動きもないとは限らない。また、あまりに幼い子でも、それを感じ取るほどの自立感覚がない。つまり、いわゆる「物心がつく」年代が重要なのである。その意味で、この「十歳」というタイミングは絶妙だと言える。そこに的を絞ったということは、このメッセージをストレートに伝え、受け付けてもらえる恰好のターゲットであったと言えるのである。
 最後に、老人から子どもたちへ託すことを語っている。そこには、子どもたちの疑問を解消する言葉から入る。つまり、子どもたちに重責を与える、勝手な大人の命令だとは思われないか、という危惧である。それが逆に誠実さを伝えているとも思え、子どもたちを引きこんでいく。著者の眼差しは、「平和」というキーワードに結びつく。子どもたちに分かりやすい言葉だ。だがまた、それは「ゆるし」によってもたらされるべきものなのだというメッセージを、繰り返し伝える。
 そこに、キリストの文字はない。だが、著者の父親が牧師であったこと、その家族の温もりが十分に語られてきたことから、クリスチャンであれば、どこからそのメッセージが来たのかは、すぐに分かる。キリストを直接伝えようとした本ではないが、だからこそ広く子どもたちに受け容れられ、その子どもたちがいつかキリストのゆるしを聞いたとき、結びつくことができたら、という願いがこめられているのではないか、という想像は、決して的はずれなものではあるまい。
 この平和のメッセージは、かなり長い。内容がいわば単純であることからすれば、割かれた頁は多いとみるべきだろう。いちばん言いたいことが、そこにある。それは、最初の「寿命」の問題を受け継いでいる。子どもたちに理解できるように、だが子どもたちが知りえないような視点を絶えず投げかけ、世界へと目を開かせる営みを冒頭に見せておいて、最後はゆるしの平和に導く。大人の読者の中には、そこにうさんくささを感じる人がいるかもしれない。ゆるしなどによって、平和が実現できたら簡単なものだ、と鼻で嗤う人が多々あることだろう。少なくとも世間にはそうした人々が、そして政治家が数多くいる。政治家としての立場は分かる。だから政治家の仕事は難しいものであることは理解する。だが、ゆるしなんかナンセンスだともうそこで皮肉の一つでも言ってやろうとしている大人がそこにいたとしても、さて、この著者のしてきたことのいくほどかにも対抗できるような業を、その人はしてきたと言えるだろうか。これだけのことをしてきた人の誠実な声を、嗤うだけの存在であるほどに、その人は偉いのだろうか。
 何よりも、子どもたちは、このメッセージを、著者の意図どおりに、あるいはそれ以上に深く理解し、受け止めることができている。この本は、多くの子どもたちの読むべき図書として推奨されている。図書館協会などの選定図書となり、読書感想文の素材として提供されている。その秀逸な作品が、いくつも巻末に収められている。たしかにそれは優秀な感想文であるわけだが、それにしても、読書感想文とはかくあるべきものではないか、と思われるほどにすばらしい感想文である。これは、読書感想文の見本としても立派である。
 また、国語をも担当する一人として私は思った。こうした本こそ、読書感想文に相応しい。私は小学生たちに、この本をこれからいの一番に推奨しようと決意した。




Takapan
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