本

『知識ゼロからの 池上彰の 世界経済地図入門』

ホンとの本

『知識ゼロからの 池上彰の 世界経済地図入門』
池上彰
幻冬舎
\1365
2011.7.

 充電のため、と人気番組を次々とストップした池上彰氏。直後に、東日本大震災が発生。こういう緊迫した事態を的確に解説する人として、登場が待たれた。そして震災から半年ほどであろうか、徐々にまた分かりやすい解説をしてくれるようになってきた。
 解説法についての本までたくさん出してきている。それほどだから、その解説が分かりにくいはずがない。いささか単純化しているかもしれないとはいえ、まずはベースとる知識を誰もが得て、そこから些末なことに考えを及ぼしていくのがよい。勉強ができる人というのは、そのようにまず基礎や原理を理解して、あとはそれに合わせて知識を取り入れていくのが上手であるはずだ。
 それにしても、この「知識ゼロからの」という文句がそそる。これなら読めるのではないか、という期待と、もしこれで理解できなかったら俺は知識がマイナスなのか、という不安とが混じる中で本を開く人がいるかもしれない。
 私も経済音痴(言葉が変だが)である。どだい、儲けようという欲望が不足しているから、多少の損より精神的充実という原則を貫くために、あまり利益のわずかな違いには目をくれないのだ。もちろん、これは知識がゼロであるという意味ではない。原理原則がどうなっているかという点は抑えておき、おおまかなところで舵取りを間違わないようにしておくという程度の知恵は持ち合わせているつもりだ。しかし、確かに大した知識はない、と言ったほうがよいのは本当だ。
 その私くらいが、この本を読むのにちょうどよいのかもしれない。つまり、本当に知識がゼロであったら読めないだろう、ということだ。中学で学ぶ地理や歴史さえも知らないでは、やはり難しい。それなりに新聞を見たりニュース解説を聞いていたりしないでは、やはり難しいということだ。それでも、この「知識ゼロからの」の文句が誇大広告にならないというのは、その基準が曖昧であるせいなのだろうか。
 妙な話が長くなった。実はこういう私であるから、経済入門についての本は時々目を通している。「サルでもわかる」といった言葉も以前あったと思う。「サル」と「ゼロ」とではどちらが分かりやすいのだろうか。言葉尻をとらえるつもりはないが、私はそうした宣伝文句よりも、やはりこの池上氏の解説はピカ一ではなかろうかと感じた。その図面の使い方、切り込み方、押さえておくべきポイントの伝え方など、思わず唸るほどである。これは教育の場面でも大いに参考にさせてほしいところだ。
 さしあたり、これは震災直後の時期の世界情勢だ。日本との関わりもそれぞれ触れてあるので実に参考になる。もちろん、その国その地域そのものの事情がすべてに先行する。何もかも日本という色眼鏡を通して見ているわけではない。中南米が概して反アメリカの動きがある様子や、EUの中での思惑の様々な違い、中国の通貨統制の利点など、どこを開いても、今のニュースを理解するのに役立つようなポイントばかりが、パッと目に入ってくるように工夫されて置かれている。
 そもそも、経済や政治勢力などは、実に様々な要素が込み入っており、よく知る人ほどいろいろ示そうとしがちである。しかし読み手のほうは、複雑な事情の故に問題の骨子をつかみ損ねてしまう。ああでもあるがこうでもあるなどと言われても、だからどうなるのか、道に迷ってしまうであろう。そこへ、ざっくりと掴ませるというのは、やはり教育的配慮でもあるし、語り手の巧さなのである。細かな事情や、その他の事態の関係把握は、読者がまた新たな旅の中で理解すればよいことなのである。その後は自分でやるんだよ、という信頼の中で、間違っていてはならない基本をきっちり伝えておく、それが教師の役目なのである。そんな、よい先生に巡り会えたようなさわやかさを感じることができる一冊である。
 高校までの試験には出にくいかもしれないが、これは大学生にもよい。もちろん、家庭で世界を見守る人々には、適切な舵取りを保証する保険のようなものとなるだろう。いや、さすがである。




Takapan
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