父の日の朝、いつものようにネットのニュースを開いていた私の目に、輝きが飛び込んできました。毎日新聞の「余録」です。

「子供たちに“のび太先生”と呼ばれています」。今春、瀬戸内海に面した兵庫県高砂市の日本基督教団曽根教会の牧師兼保育園理事長になった元(はじめ)正章さん(56)は声を弾ませる。「ドラえもん」の「のび太君」に似ている、と言われることがうれしくてならない。
3月まで関西学院大学神学部の大学院生だった。海外放浪の後、神戸市内の書店で長年働いてきたが、3年前に社会に巣立った息子と入れ替わりに大学へ。家庭での父の役割から解放され、阪神大震災を機に神学を学びたくなったからだ。新聞配達などをしながら大学院を修了した。
その教会は、日本での生協運動の生みの親、賀川豊彦が書いた大正期のベストセラー「死線を越えて」の印税で建てられた。もはや賀川が「貧民救済」を訴えたころの貧しさは消えたが、中高年の自殺や過労死が増え、心の悩みは深刻化している。どうすれば地域住民の精神的な支えになれるのか、戸惑う日々が続く。
「父の日」のきょう15日、元さんの牧師就任式が同教会で行われる。「社会の父」として生きる決意をする日でもある。「順当な道を歩まなかったことで今の自分がある。そんな人生経験を踏まえ、皆さんと真摯(しんし)に向き合いたい」と元さんは語る。
毎朝、正門前で園児を迎え、「おはよう。かしこいね」とあいさつするのが日課だ。夕方、送り出す時にも「さようなら、かしこいね」と必ず全員に声をかける。「すべてはそんな声をかけることから始まるのではないかな」。
地域社会の絆(きずな)が弱まり、「長老」や「慈父」のような人々が消えつつある。自分の父に感謝するだけでなく、地域の父について考える時があってもいい。「のび太先生」の生き方にふれ、宗派を超えて、そう思えてきた。
(毎日新聞2003年6月15日東京朝刊から)

キリスト教というものに対して、とくに若い女性が好感を有っているというリサーチが最近ありましたが、たしかに「敬虔なクリスチャン」というステレオタイプの表現に見られるように、キリスト教そのものは決して邪教扱いされているわけではないように見受けられます。かつては、そのことが逆に近づきがたい原因ともなっているという事情もありました。一方、偉そうにぶっているという見方も近年増えてきており、自分だけが正しいと思いこんでいるような人種と見られている側面もあります。アメリカ大統領が信仰を表に出したりするのもそれを助長しますし、朝日新聞などがしきりに対イラク戦争を宗教戦争だと煽っていることも無関係ではないかもしれません。
どちらにしても、キリスト教は日本から見れば外来のもの、という意識が強いゆえの対応であるかのように見えます。日本人としての自分とは一歩も二歩も離れた存在であるからこそ、あるときは大変美しく、あるときはひどく醜く見えてしまうのかもしれないでしょう。
日本人は外来のものを何でも自在に自分たちに都合のようような形で取り入れる能力があります。仏教も漢字も稲作も、たいていの伝統芸能も、そのようにして形を変えて日本の風土の色に染めて今日まできました。キリスト教関係でも、クリスマスはもちろんのこと、母の日や父の日、それから飛び火するような形でバレンタインデーなどが、商売の道具として利用され、あるいは風俗として取り入れられるようになり、ハロウィーンのように無関係なものまでがキリスト教だと思われて騒がれるようにさえなってきています。
そんな中で、この記事のスタンスは……多分に、そうした距離を置いた捉え方ではなくて、等身大の描き方がなされ、隣人のような眼差しが向けられているように感じました。一人の人の生き方として、それも「おやじ」と呼ぶに相応しい人物の生き方として、とりたてて英雄視するのでもなく、それでいて日常的な地平からの十分な尊敬心とともに、共感をもって見つめて記事にしているように思われてならないのです。

父の日は、母の日が定められた後に、付け足しのように制定されたといいます。そうした記念日を作ることが良いことか悪いことか、私には分かりません。けれども、子どもにとっては、父親というものを一度捉え直す機会にもなるでしょう。そしてこのとき、父親にとっても、自分の立場や役割を自覚するためにも、役立てることはできるでしょう。ただそこにいることでの存在感というのもありますが、この新任牧師のように、声をかけて、ともすれば孤立しがちな一人一人の中に、しっかりとつなぎ目を結んでいくような働きは、現代の父親にとって、欠くことのできない仕事ではないか、と思われます。
