パウロの愛の要約

チア・シード

ローマ13:8-10   


自分を造り変えられることで、何が「完全なことであるのかをわきまえる」(12:2)ようになるべし。「愛には偽りがあってはなりません」(9)から、「兄弟愛をもって互いに深く愛」するべし。こうした布石を打っておきつつ、パウロは生活指針たるべきことを、どこか思いつくままに並べています。教義が一段落したのです。
 
そして救いの時が近づいてきているという切迫感が訴える中で、どこか唐突に「人を愛する者は、律法を全うしている」ことを告げます。「愛は律法を全うする」ことを以て締めるこの箇所で、パウロは何を言いたかったのでしょうか。十戒のうち、人の行動についてのものを簡潔に並べつつも、「要約」するものがある、と言います。
 
それが「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉です。イエスが大切な戒めを二つに要約したもののうち、人に関する一つがこれです。時期的には、福音書よりローマ書の方が成立が早いのです。でも、すでに教会には、イエスの語録や記録が伝わっていたはずです。パウロがそれに触れ、また教えられ、弁えていたとしてもおかしくはありません。
 
しかし福音書のイエスも、パウロのこの「要約」を以て描かれた可能性を否定することはできないでしょう。ヨハネのグループは、さらにこの愛を特別扱いし強調する教えを進展させました。パウロの中での「愛」とくれば、第一コリントの愛の章が私たちの頭に浮かびますが、このローマ書も、的を射て正に「要約」されていると言えるのだと思います。
 
「愛は隣人に悪を行いません」ということが確かならば、そこに「自分のように」愛する意義も含まれていることでしょう。私たちは自分を愛することを、大切な賜物として受けているはずです。誰が「隣人になった」(ルカ10:36)か、とのイエスの問いは、私たちに「互いに愛し合うこと」の課題を突きつけてきます。そう、「互いに」です。


Takapan
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