イエスが証しする聖書

チア・シード

黙示録22:16-20   


「イエス・キリストの黙示」(1:1)に始まった黙示録が、いよいよ幕を閉じます。神からキリストへ、キリストから天使へ。いま天使が送られ、僕ヨハネに知らせたものだ、と明かされています。そしていま改めて「私イエスが天使を送り、諸教会についてこれらのことをあなたがたに証しした」と告げました。イエス自らが証言したと名のるのです。
 
このイエスは、「私は、ダビデのひこばえ、その子孫、輝く明けの明星」として姿を表します。その姿の見せ方は、いったい幾つあるのでしょう。ダビデの名をここで持ち出すからには、イスラエル王国の系統であることを強調したいからでしょうか。アブラハムでもないし、モーセでもありません。イスラエルたるヤコブでもありませんでした。
 
王国の核心はダビデだったのです。神の都エルサレムが天から降りて、新しい都が永遠に昼の光の中で成立するという幻を、いまヨハネに見せました。ここに至るまでに様々な戦いがあり、果てしない死と生の物語が展開されてきました。そして天使の軍が勝利しました。このことは、基本的に隠されていますが、時が来ればすべての目に明らかにされます。
 
予告だけはいまはっきりしています。「見よ、私はすぐに来る」(22:12)とイエスが言っていますが、復活の栄光の中のイエスを求めて、私たちも共に叫びます。霊と花嫁と共に「来りませ」と皆で言います。「アーメン」と口を合わせます。渇いている者、命の水が欲しい者には、自ら出す金銭などいらないままに与えられます。
 
代価はイエスが支払っています。そのイエスが証しします。預言を聞く者に知らせます。この言葉に付け加えるな、削りもするな。黙示録の筆者自身がいろいろ加えているようですから、メタ記事が興味深く思えます。これはイエスの証言です。「来りませ」と呼ばれて「然り、私すぐに来る」とイエスが応え、双方の声か交わってゆくのです。


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