あなたの道で私を生かしてください

チア・シード

詩編119:33-40   


「あなたの言葉」(119:25)、「あなたの掟」(26)、「あなたの諭しの道」(27)などと「あなたの」を付ける表現が目につきます。これらの流れを受けて、第四の連に於いては、「あなたの掟の道」「あなたの律法」「あなたの戒めの道」「あなたの定め」「あなたの道」と、やはり同じことをただ指すような表現が次々と現れます。
 
「あなたの仰せ」は実現しなければならず、「あなたの僕のために」とありますから、これを他人事として受け止めている場合ではありません。私のために、私を通じて神の言葉は実現しなければならないはずなのです。私はそうして主を畏れ敬うことになります。私が何かを為したというのなら、それは私の手柄ではありません。主の業なのです。
 
神の言葉が私に於いて実現したのであればよいのであって、私の故に、私を因として、神の業が起こるような捉え方をしてはならないのです。しかし詩人は、実のところまずい立場に置かれています。誹りを受けているのです。何かしら非難を受け、窮地に追い込まれています。「あなたの義によって私を生かしてください」と必死で叫んでいます。
 
私は、ある意味で、生きていないのです。少なくとも、生き生きと歩んでいるとは言えず、苦しいところに詰め寄られています。これを逃れるには、「あなたの諭し」を慕っているところが主の目の留まることが必要です。「あなたの裁き」を信頼しているのです。凡ゆることが、神という軸を中心に回り、神の思いに従って出来事となることを祈ります。
 
それが、私から誹りを遠ざけるということの内に成りますように。主の律法に従い、私の心をもうそれだけのものにしてほしい。「私はそれを喜びとします」との宣言を、私は責任を以て主に告げよう。責任というのは、応答するという言葉に関連しています。「私が終わりまで、それに従うことができるように」との祈りを心から献げます。


Takapan
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