律法とナザレと子の成長

チア・シード

ルカ2:39-40   


生まれてくる幼子は、イエスと名付けられました。初めにマリアが、天使ガブリエルに、イエスと名付けるように命じられていたからです。マタイ伝では、ヨセフに命じられていました。その時、ヨセフがイエスと名付けたことも明記されています。ルカ伝では、割礼を施す八日目にイエスと名付けられており、そこまではイエスとは呼ばれていません。
 
せいぜい「男子」「乳飲み子」と呼ばれ、名付けられる場面でも「幼子」という言い方がなされています。そしてまた「その子」と呼ぶ程度になり、いまここでまた「幼子」と呼ぶに留まります。次に、十二歳のときのエピソードから、ようやく「イエス」という名前が動き始めることになります。民を救うその名の力は、成人を待つことになりました。
 
「親子は主の律法で定められたことをみな終えた」のだといいます。割礼や神殿での聖別というように、律法の則ってここまできていたように、イエスは決してアウトローなのではありません。マタイのように律法に徹した叙述を心がけているわけではありませんが、ルカの筆も、律法への適切な対応をしたヨセフとマリアを描いています。
 
ただ、ヨセフの顔というものが見えません。「マリアとヨセフ」(2:16)という順序も気になるし、行動は殆どマリア主体でした。律法の規定を満たした後、親子は「自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った」のでした。ナザレは、マリアの場所です(1:26-27)。このときも、やはりヨセフは表に立ちません。依然として、マリアが物語の中心です。
 
イエスはその後、ナザレで暮らし、宣教開始後改めて「ナザレに行き」(4:16)と言われる形をとります。「幼子は成長し、強くなり、知恵に満ち」るようになりました。子どもがこのように成長するのは頼もしいものです。決して、子どもが独りで勝手に育つものではありません。両親の労苦と愛情が、絶えず注がれて積み重ねられてきた結果のことです。
 
子どもの命が失われることも日常的であったこの時代、なにげない描写ですが、ここはなかなか貴重な記録かもしれません。しかし「神の恵みがその上にあった」ことが、その一番の理由であり原因なのでしょう。これはぜひ押さえておきたいものです。十二歳のときの記事を見る限り、イエスに弟妹がいたようには見えないことも、感じられました。


Takapan
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