活劇の中に登場する人々
チア・シード
ルカ2:1-20
ルカ伝で冒頭から、ザカリア、マリア、エリサベトと光が当てられてきました。再びザカリアが登場し、預言の詩を掲げ、退場します。するとヨセフ、それからマリアがライトを浴び、いよいよイエスが姿を現します。私たちは、クリスマス劇を教会で演じ、この細かな場面描写には慣れています。それらの象徴的な意味や詳細なやりとりに気を配ります。
クリスマスの出来事については、知り尽くしているかのように振舞います。住民登録は史実としては怪しいなどとも聞いています。身重のマリアがどうしてこんな旅に出なくてはならなかったのか、またできたのか、理解できないようにも考えています。ルカは、書き手として、そんなことは百も承知だったことでしょう。ただ、焦点はいまベツレヘムです。
さらにエルサレム神殿に詣で、イエスは12歳に至るまで毎年過越祭に神殿を訪ねていたことも描きたかったルカです。その12歳のときのエピソードを最後に、ヨセフは退場します。イエスは洗礼者ヨハネから洗礼を受けるために、ヨルダン川に現れ、荒れ野での誘惑を経て、ガリラヤで宣教を始めます。その後はエルサレムを目指して旅を進めます。
その旅が福音書の柱となり、次々と教えと癒やしなどの業を明らかにしてゆくます。ベツレヘムがいま「ダビデの町」と見なされ、羊飼いたちの、少しばかりロマンチックな出来事の舞台となります。野宿の場での、天使たちの美しい啓示と賛美が、どこか幻覚めいているかもしれません。イエスという名は、この時点でまだ明らかにされていません。
マリアだけが、天使ガブリエルに名付けるよう命じられたことで、その名を知っています。羊飼いたちが知っているのは、「救い主」であることと、「主メシア」であることです。ルカは、先にキリスト、即ち「メシア」と邦訳されている語のギリシア語原語ですが、その呼称を、羊飼いたちには天使たちから明らかにされていたことを記します。
主の天使が、これを啓きました。この話を「聞いた者」が、マリアとヨセフの他に複数いることを、私たちは殆ど忘れています。「聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った」と言いますが、誰が聞いたのでしょう。羊飼いたちから、幼子について天使たちから知らされたことを聞いた者です。いまや読者しかいません。私たちが登場していたのです。