神の国が近づいたことを告げ知らせる
チア・シード
ルカ10:1-16
「神の国が近づいた」ことを知らせます。そのために72人の弟子たちが遣わされました。70人とする写本もあるそうです。いわゆる「七十人訳」のギリシア語聖書の伝説と関係があるのでしょうか。2人組で派遣するというのがスタイルです。イエスが、「行こうとするすべての町や村に」遣わしたのです。行こうとしなかったところもあるようです。
それでも「働き手が少ない」中、働き手をやりくりしているということなのでしょう。「収穫の主に願い」、もっと働き手を送ってくださいと求める必要があるといいます。これは後の教会の情況を表しているとも考えられます。そのとき、心がけることとして、持参する物が要らないこと、道で挨拶をしないことなどが挙げられています。
狼の中に送り出される小羊は、ひたすら、神の国が近づいたことを告げ知らせるだけでよいのです。世間話は要りません。「この家に平和があるように」とまず告げます。平和とは、神の国、神の支配のことを言い表していることだからでしょう。相手に神の国が及べばそれでよし、たとえそうでなくても、神の国は告げた弟子に戻ってくるでしょう。
「家から家へと渡り歩く」必要はありません。エリヤやエリシャが特定の家に留まった例を思い起こします。食事を受けると、代わりに「神の国はあなたがたに近づいた」と知らせればよい。でも、これが歓迎されないこともあり得ます。神の国を知り退けてしまう場合です。その町とはもうそれ以上関わる必要はない、ときっぱり手を切ることを教えます。
ソドムにも増してコラジンやベトサイダの町が裁かれます。後の時代を踏まえての指摘でしょうか。ティルス、シドン、カファルナウムもです。弟子たちは全くイエスの弟子たち、神の国が近づいたことを告げ知らせるのです。イエスを、やがては創造主その方を、私たちは背負うようにさえして、神の国の近づいたことを、今日も明日も伝えるのです。