愛するべき使命
チア・シード
ヨハネ15:12-17
「私があなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」に始まり、「互いに愛し合いなさい。これが私の命令である」と締め括ります。イエスの教えとしてというより、ヨハネ共同体が好んだテーマだと言えますが、ここにはこの点に関して3つのポイントが挙げられています。愛し合うことについての、3つのアスペクトです。
最大の愛として、「友のために自分の命を捨てること」がまず挙げられます。「私はあなたがたを友と呼んだ」ことが、それに続きます。そして「私があなたがたを選んだ」という点。それぞれが次々と並び、展開してゆくものですから、深く一つひとつを吟味している暇はありません。私たちにも、ある程度想像する余力が残ることになります。
イエスは十字架上で命を棄てました。実のところ殺されたのですが、福音書の中でも、ヨハネ伝は、棄てたという展開を強く示しています。最大の愛であるに相応しいこと間違いありません。でも弟子たちにそれを命じているわけではありません。友と呼ぶための条件は、「私の命じることを行うならば」ということでした。
これが全体を貫く「互いに愛し合いなさい」ということに他なりません。イエスは、「父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせた」というので、ヨハネ共同体にとり神の律法は、「互いに愛し合うこと」以外の何ものでもありません。しかもこの掟の下に集められた教会のメンバーは、イエスが選んだ者たちです。
いくらかのキリストの弟子のグループの中で、神の救いの姿として、ヨハネたちの唱える形がよい、などと選んだわけではありません。神から選ばれて、あなたがたは実を結ぶことになります。イエスの名によって願うなら、それは与えられます。そのためにイエスが弟子として任命したのです。私たちは、愛し合うように選ばれているのです。