虹の契約は忘れ去られたのか
チア・シード
創世記9:8-17
「主は、地上に人の悪がはびこり、その心に計ることが常に悪に傾くのを見て、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた」(6:5-6)というところから、ノアの物語が始まりました。「主の目に適う者」(6:8)として、ノアとその家族だけが、洪水の難を免れました。いまそのクライマックスとして、洪水の顛末の場面が終わったところです。
「神はノアとその息子たちを祝福」(9:1)します。血は命であることを述べ、「契約を立てる」と、ノアと子孫とに対して宣しました。ということは、私たちの間にも、この契約は成立しているのです。また、私たちと「共にいるすべての生き物」とも契約を立てる、と言いました。神が人格対象だけを相手にしているのではありませんでした。
「箱舟を出たすべてのもの、地のすべての獣と」契約を結びました。もはや大洪水によって地は滅ぼされることがないのだといいます。ノア以降の人類について、少なくとも洪水という形で裁きをもたらさない、とするのですが、火によって世界が焼かれることは否定していません。洪水という手段だけが、否定されているわけです。
ところで契約では、証書か証拠になるものが必要です。神との間の契約書は何か。ノアの契約に於いては、虹でした。人が感動を以て見上げる、光の輪。中国人は蛇と見立て、英語だとそれを弓としています。今、愛猫家にとって虹とは、猫が死後虹を渡って彼方に行くと考えられる橋です。猫が亡くなることを「虹の橋を渡る」と婉曲表現をとるのです。
主は自ら虹を立て、この「契約を思い起こす」と言います。もはや「大洪水がすべての肉なるものを滅ぼすこと」はない、と約束しました。契約とは契り交わされた約束のことです。神は人に対してそういう義務を負いました。。「永遠の契約」がここに交わされました。虹こそが「地上のすべての肉なるものとの間に立てた契約のしるし」だというのです。
この虹の件は、聖書でこの後とくに振り返られることがありません。確かに洪水で、人類のや生き物が滅ぶような事態は、その後もないようですが、この契約は幾度か更新されます。ヨシュアやダビデ、さらにエレミヤとの間で改めて契約が結ばれます。最初はアブラハムでしたが、この虹という美しい証書は、まるで忘れられてしまったかのようでした。