移民や難民を支援するために

チア・シード

出エジプト1:15-22   


シフラとプア。二人の助産師の名まで記されています。復活のイエスと道々話し合った二人の弟子ですら、クレオパという名が一人だけ遺された程度なのに、モーセの時代の二人の女性の名が聖書に記録されているのです。何か深い意味がありそうです。それほどに、このイスラエル民族を救う話は、偉大な業績であったということなのでしょうか。
 
エジプトに移住したヤコブの子孫が、根強くその地に拡がっていくことに、エジプトの王は脅威を覚えます。このままでは国が乗っ取られるのではないか。王は、残酷な手法でこの移民の子孫を絶やそうとします。生まれた男の子を皆殺せ、と。でもこれは、人口抑制政策として今理解してみましょう。中国にあった一人っ子政策のようなものである、と。
 
二人はヘブライ人。エジプト人にも助産師はいたでしょうが、ヘブライ人の出産には関わらないようになっていました。現代、海外から移民や難民が入ってくるという事情があることを、ここに重ねてイメージしてみようと今回思います。移民難民のための政策や経済支援などを考えると、現実味を帯びるのではないでしょうか。
 
彼らの労働環境は厳しいものです。医療制度の枠外に置かれることもあります。そもそも入国管理において、人権侵害的な扱いさえ受ける場合がありますが、確かに不審者を自由に国内に入れるのは、治安や環境のために好ましいことではありません。日本に住む私たちのための措置ですから、一概にそれを非難することは慎まなければなりません。
 
生まれた男の子を一人残らずナイル川に放り込めという王の命令が実際あったかどうかよりも、私たちの現代でも、移民や入国者をまるで川に投げ込んでいるかのような施策があり、人命すら奪っている加害行為があることを弁えなければなりません。しかもそれが私たちのためであるならば、私たち自らが加害行為をする側にいるということも。
 
二人は、当局の命令に背きます。人命本位の、人道的措置をとります。王が二人に面会したというよりも、役人に事情聴取されたのだと思いますが、弁解はそう簡単に通りますまい。ただ、証拠が取れずに立件できなかったのでしょう。移民の増加は、エジプトの経済状況にとり深刻な問題です。外国人の人権を、王が否定したことも理由があったはず。
 
助産師の二人は、実際に人助けをした活動家の姿かもしれません。まさか、何十万もいたというヘブライ人の出産のすべてを、たった二人だけで担っていたはずはないのです。二人は神に祝福されたと、記者は綴ります。現代でも、人権や命を守るために労苦している人々や団体のために、祈り、必要な協力をしていくようでありたいと思います。


Takapan
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