選びなさいとの命令をも否むとなると
チア・シード
申命記30:15-20
「私が今日命じるこの戒めは、あなたにとって難しいものではなく、遠いものでもない」(30:11)として告げた律法は、申命記に於いては、細則とは言えないものもたくさんありました。いまそれらが幕を閉じようとしています。そこで、こうした律法規定のもつ意味を、ここに説明しようとしているように見受けられます。
主は、「今日、あなたの前に」二つの道を与えます。一つは「命と幸い」、もう一つは「死と災い」です。祝福の方の道は、「あなたの神、主を愛し、その道を歩み、その戒めと掟と法を守」ることで与えられます。こちらを選びたいものです。「そうすればあなたは生きて、その数は増える」のだそうです。
「あなた」と指されています。一つの個人的な決断と責任が問われているようです。もちろん、集団のことを意味していることに間違いはありませんが、私自身はどうなっているのか、と自問することは、キリスト者にとり当然の過程ではないでしょうか。反対に「心変わりして聞き従わず、惑わされ、他の神々にひれ伏し、仕える」とどうなるのでしょう。
そう、「あなたがたは必ず滅びる」のです。ここでは「あなたがた」となっています。滅びる者については、単独でなく複数まとめて告げています。この誓いの承認は「天と地」であると言いますが、ここに「命と死、祝福と呪いをあなたの前に置」きました。「あなた」としての私の目の前にも、これら二つの道が与えられているのだと思います。
ところがここで神は、不思議な指示を出します。「あなたは命を選びなさい」と言うのです。選択の自由の余地も与えないよいな言い回しです。どちらを選ぶか考えさせているようには見えません。そうだとすれば、もしも命を選ばなかったとしたら、二重の意味で、主を否むことになります。完全に背を向けて離れてしまうことになるように思われます。
そこまで悪をなすことは、そもそも想定していないのでしょう。「あなたの神、主を愛し、その声を聞いて、主に付き従いなさい」と、神からの命令は立て続けにこちらへ向けて突きつけてきます。「主こそあなたの命」た゜と重ねて迫ってくるのですが、この後イスラエルの民はそれら全てを弾き、主から離れてゆきます。主はそれをも知っていました。