人の中にある誘惑者
チア・シード
申命記13:2-6
「さあ、あなたの知らない他の神々に従い、仕えようではないか」との誘いがあっても、耳を貸してはならない。このことは、12章の終わりから13章全体にわたり、ほぼ四度繰り返されています。これは「罠」であると12章に記されていますが、13章の初めには、主が命じる言葉をすべて守り行え、との指令を挟み、さらに三つの罠が明かされます。
12章は、追い出した者たちの偶像崇拝に対して、自分自身が気をつけていれば避けられるようなことを感じさせます。けれども13章では、三つの事例が、それとは違うものを臭わせているような気がしました。イスラエルの同胞の中から、その誘いがくるようなのです。親族や親友に誘われる場合と、よこしまな者が迫る場合とです。
いずれも、先に偶像に屈したイスラエル人が現れて、「さあ、あなたの知らない他の神々に従い、仕えようではないか」と、あなたを誘惑するというケースです。そしていま13章の冒頭を開いていますが、「預言者や夢占い」の声に背を向けよ、との警告がなされています。それを旧約聖書の名だたる預言者たちと同列に置くべきでないことは明らかです。
確かに、語としては同じ「預言者」です。神の言葉を預かる者です。それが、ここだけは、真の神ではなくて、何かしら霊的な存在が、神ならぬものを示してくるものを語っている様子を表します。偽預言者のことのようです。霊媒のようなものかもしれません。並べられた「夢占い」も、ひとつ間違えればヨセフやダニエルにもつながってきます。
主は、人を試している、と言っています。「心を尽くし、魂を尽くしてあなたがたの神、主を愛するかどうかを知ろうとされる」のです。主の「声を聞いて、主に仕え、主に付き従わなければならない」と忠告します。ところが、「預言者や夢占いをする者は、死ななければならない」とは、なかなか厳しい掟のように聞こえます。
改心のチャンスは与えられないのでしょうか。「あなたの中から悪を取り除きなさい」とこの箇所は結ばれています。「あなたは」は単数形です。あなた一人の中に、「預言者や夢占い」がいると言っています。私の内にある、主ならざるものに頼る心を、取り除かねばなりません。つまり、それは死ななければならない、と言っているのです。