教会組織の確立の影響

チア・シード

使徒6:1-7   


ペトロをはじめとした使徒たちに、当局が手を出してきます。不思議なことですが、イエスを十字架刑へ追い込んだ当局は、その残党をも同様に死刑にと積極的に差し向ける方策をとりませんでした。オウム真理教事件では、首謀者と共に多くの幹部が逮捕され、同様の死刑判決を受ける者もいました。ペトロを逃がしても無視できると見たのでしょうか。
 
教会は活動を続けています。普通外との対立が中心になると、内部の結束は高まるのでしょうが、献金関係の潔癖さゆえ、咎める内部の争いさえ起こっています。そしていま、食事にまつわる問題が目立つようになったのか、神の言葉そのものを担う使徒たちとは別に、実務的な問題に携わる担当部門を設置することになりました。
 
教会執事のような係をイメージするとよいかもしれません。それは、責任役員です。使徒たる12人と別に、7人が選ばれました。「信仰と聖霊とに満ちた人ステファノ」の他、いずれも「霊と知恵に満ちた評判の良い人」でした。この混乱は、「ギリシア語を話すユダヤ人」と「ヘブライ語を話すユダヤ人」との間に起きたものでした。
 
7人は、名前からしてギリシア系だと思われます。教会はこうして組織として、より整ったあり方をするようになります。福音を語り続ける使徒たちは、より安心して宣教ができるようになったでしょう。そのため「神の言葉はますます広ま」るようになり、「弟子の数はエルサレムで非常に増えてい」きます。エルサレムで宣教が盛んになってゆきます。
 
しかしルカ伝は、次の眼差しをもっていました。エルサレムから世界へと拡がってゆくのです。ところがその叙述に於いて、「祭司も大勢この信仰に入った」と記されているのは、本当なのでしょうか。ユダヤ教の根幹に、差し障りが出るのではないのでしょうか。あるいはだからこそ、次のステファノの謀殺へと進んだのかもしれません。


Takapan
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